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第5話

 現に彼は、反射的に腕で頭をかばう。釣られて腕を摑み、ねじあげた。じわじわと力を込めていくと、呻き声混じりの答えが返った。 「もらった、ジョイスから、本当だ。愛しい男性(ひと)にかけがえのない贈り物を──と」 「もらった、愛しい……愛しい、だって?」  尻尾が揺らめいて疑問符を綴る。コウモリの影が空をジグザグに切り裂くのに合わせて、豹の耳が向きを変える。  一割程度とはいえ超音波による会話が聞き取れるあたり、聴覚は正常に機能していて、愛しい男性云々、という戯言(たわごと)は決して幻聴ではない。がっしりした手は、すんなりした腕を依然として握りしめていて、悲鳴を嚙み殺すように引き結ばれた唇が、確かにそう紡いだ。  つまり、結論は。  「もしかして……恋人なのか、兄貴の」    半信半疑で問うと、フードが微かに縦に動いた。彼は腕をもぎ離すと小枝を拾って、石畳に〝輝夜〟と書く。 「テルヤと読む。遙か昔、東の果てにニッポンという国があって、漢字という文字が多岐にわたって使われていたらしい」  漢字なる代物(しろもの)は曲線と直線が複雑に組み合わさって、不思議な模様めいている。ハネイムの公用語で〝ヴォルフ〟は星月夜を意味し、奇しくも〝輝夜〟と呼応するものがあった。  それが、どうしたというのだ。ヴォルフは小枝を奪ってへし折ると、しゃがんだ。テルヤ、と呟きながら、石畳の継ぎ目にまぎれがちな〝輝夜〟を指でなぞる。  ジョイスは幾度(いくたび)も、この名前を呼んだに違いない。時には切ない響きをひそませて、時には熱情をたたえて物狂おしく。 〝輝夜〟をこすって、消した。水臭いにも程がある。そう思うと、やるせなさに瞳が翳る。  恋人ができたなら、できたと教えて欲しかった。同性と恋仲になったことに驚きはしても、ヒトを射止めるなんてすごい、さすがは兄貴、大金星だ、と冷やかしていたはずだ。極端な話、ジョイスが選んだ相手なら、たとえ蛙だろうが祝福していた。  弾かれたように立ちあがった。葉ずれに形を借りて、ジョイスが語りかけてきた気がしたのだ。ごめんな、照れ臭くて紹介しそびれた──と。  静かにたたずむ姿に視線を戻す。恋人を残し、(こころざし)半ばで死出の旅に出るのは、さぞ無念だっただろう。それでもジョイスは必ずしも不幸ではなかった。そうだ、少なくとも恋の勝者ではあったのだ。

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