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第6話

 雲が切れて、星がまたたいた。ヴォルフは湿り気を帯びた睫毛を拳でぬぐった。そこに、曇りひとつない指環がためらいがちに差し出された。 「父君にお返しするのが筋だと思う。ただ、一庶民のおれが国王陛下にお目通りをねがうなんて恐れ多いことだ。きみに(ことづ)けたい、頼まれてくれないか」 「形見だ、もらっておけ。で、肌身離さず持ち歩いて、兄貴を偲んでやってくれ」  まるで呪詛の文句だ。ヴォルフは、てめえの言い種を反芻して嗤った。仮にもジョイスと相思相愛の仲だったと言い切るなら、心変わりすることは断じて赦さない、と呪いをかけたみたいなものだ。  煙草を咥えた。マッチの火を穂先に、次いでカンテラの灯芯に移したせつな、胸がつきりと痛む光景が照らし出された。  カタツムリが這う程度の速度で愁い顔に笑みが広がっていき、輝夜は、それをジョイスになぞらえたと想像がつく唇の寄せ方で指環にくちづけた。  王宮の屋根に掲げられた半旗がはためく。霊廟に吸い寄せられるように紫煙が棚引く。亡骸(なきがら)が古式に則って、仮の木棺から石棺へと移されたころだ。  ジョイス・プレジュバ・ラヴィアと墓碑銘を刻まれて。一連の儀式は夜っぴてつづく習わしで、今ごろは不倶戴天の敵である六人の異母兄は、そろって舟を漕いでいることだろう。  輝夜がよろめいた。熱烈に愛し合っていても最後の別れを告げることさえ、ままならない泡雪のごとく儚い関係だ。今さらながら思い知らされた、というふうに。  ヴォルフは咄嗟に抱きとめようとして、なぜだか手を引っ込めた。〝兄の恋人〟に狎れ狎れしくさわるのは、ある種の冒瀆じゃないのか……?  輝夜は楠の幹にすがって背筋を伸ばした。その彼にとって、ヴォルフは恐らく哀しみを共有できる唯一の存在なのだ。しんみりしたなかにも親しみを込めて述懐する。 「ジョイスは、きみのことが大好きだった。自慢の弟だと事あるごとに言っていた」 「。もう過去形なのか、切り替えが早いんだな」  殊更荒っぽく吸い殻を踏みにじった。八つ当たり丸出しに揚げ足をとって、みっともない。だが早くもジョイスを思い出に封じ込めたような言い方が無性に癇にさわって一瞬、輝夜を憎んだ。

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