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第7話

 気まずい沈黙が落ちた。これが獣人同士であれば、尻尾を褒め合うと雰囲気がなごむ。ところが事、ヒトが相手では、どだい無理な相談だ。その一点を以てしても、ジョイスが輝夜に愛を囁いたことじたい椿事なのだ。  ヴォルフは犬歯を軋らせた。弔い酒につき合わせるのにかこつけて輝夜を慰めるのが正解であり、弟の務めだ。  理屈ではわかっていても、獣人一気性が荒いと評される豹族の血が騒ぐ。 翠緑色の斑点が妖しく光り、嗜虐心をない交ぜに双眸がぎらつく。腰をかがめて彼我の目線の高さを合わせると、ねっとりと囁きかけた。 「なあ、学問ひと筋の兄貴をどうやってたぶらかした。武器は、このお綺麗なツラか」  などと、毒を垂れ流すはしから舌を嚙み切りたくなった。ジョイスが黄泉の国から舞い戻ってきて、彼の代わりに地獄に突き落とされても文句は言えない、と思う。尻尾は垂れ下がって石畳を掃き、そのくせ口許は不敵にゆがむ。  卑劣なやり方だろうが、心の底に澱むものを吐き出してしまわないことには、突然の〝兄の死〟を消化できない。  と、人差し指が唇に押し当てられた。 「ジョイスの名誉のために聞かなかったことにする」  ヴォルフは唸り声で応じた。石ころを蹴飛ばし、それを追いかけて走り、曲がり角に達したところで回れ右をした。  片足けんけんで折り返す最中、根競べみたいだ、と苦笑がこぼれた。俺と輝夜と、どちらが先に立ち去るか腹を探り合っているようだ。  黒衣が風をはらみ、立ち姿がいっそう頼りなげに見える。夜が更けるにつれて冷えてきたが、輝夜はときおり衿をかき合わせる意外には微動だにしない。ただ、恋い焦がれる眼差しを霊廟へ向けつづけるのみ。  治安がいい王宮界隈とはいえ、ヒトの身で万一暴漢と遭遇したら、どうする気なのだ。いきおいヴォルフは警護役を務める形になり、かれこれ丑三つ時だ。  と、表門のほうでラッパの()が響き渡った。程なくして空の一角が明るんだのは、手提げランタンの明かりが反射したせいだ。 「近衛兵の夜回りだ、見つかる前に行くぞ」  そう急かしながらカンテラの火を吹き消し、表門とは反対の方向へ顎をしゃくった。  輝夜はためらうそぶりを見せ、しっしっと手を振るとようやく歩きだしたものの、未練を断ち切りがたい様子だ。肩越しに振り返ったはずみに馬車の(わだち)につまずいた。

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