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第130話

「今宵は月齢十五、メタモルフォーゼの時、到来だ。変化(へんげ)し終えたら輝夜を背中に乗っけて空中散歩といくぞ」 「屋根から屋根へ飛び移っていると、空の彼方まで(かけ)ていく気分を味わえて素敵なんだ。獣人を恋人に持つヒトの特権だね」  と、いうぐあいに睦言が唇のあわいをたゆたったころ、ソーンは晴れ着でめかし込んで、沿道を見下ろす料理店のバルコニーに陣取っていた。そこはパレード見物の特等席で、ヴォルフが無二の親友のために借り切ったのだ。  カクカクシカジカと、これまでのいきさつを(したた)めた手紙とともに招待状が届いたとき、ソーンは手桶一杯分のうれし涙を流した。  謎の失踪を遂げてからこっち行方知れずだった、おいらの心友が大きな土産を携えてハネイムに凱旋したって? しかも次の国王だって? そのうえテルさんと熱愛中?    うひゃあ、うひゃあ、と小躍りしまくり、万歳しまくってから数ヶ月後の現在(いま)。耳欠け病が完治するのとひきかえにチビた鹿の耳をぷるぷると震わせて、王宮から風に乗って運ばれてくる(がく)()に聞き入った。  さて、いよいよ戴冠式がはじまる。  ヴォルフはマントをはためかせて聖堂へと歩を進めた。即位するにあたっての抱負を盛り込み、自ら筆を()った原稿を頭の中でおさらいする。決意表明とも言うべき誓詞を()べて、典礼を締めくくる習わしだ。  その中で獅子族は支配階級だの、狼およびイヌ族は格が下だのと、これまで公然の秘密のように存在した種族に優劣をつけることの、その愚かしさを説く。とりわけヒトを白眼視するのは(まか)りならぬ、と断固たる態度で臨むのだ。  ヒトが往来を歩くも自由、思い通りの生き方を選択するも自由、という社会が実現することを兄貴も望んでいただろう? 窓越しに霊廟のほうを眺めやって、そこで永遠(とわ)に安らうジョイスに語りかけた。  任せておけ、折に触れて愛は種族の別を越えると訴えて、国民の意識改革を果たしてみせる。  輝夜と肩を並べた。戴冠式にかこつけて実質的には俺たちの婚礼の儀だ。そう、にこやかに囁きかけながら一度ぎゅっと手を握る。  聖堂の扉が開け放たれた。ラッパが高らかに吹き鳴らされて、式典のはじまりを告げた。  獣人の歴史を(ひもと)くと、乱世の時代を経て最初に産声をあげたのはハネイム王国との記述がある。  誉れ高いハネイム王国にあって、海に面して栄えた首都ウェルシュク。斜面にひしめく家並(やなみ)は漆喰壁の白さから真珠に喩えられ、海の(あお)と空の青と引き立て合い、宝石の都と謳われてきた。  その、美景に想を得た三色から成る絨毯が敷き詰められた通路の両脇に賓客が居並ぶ。  ヴォルフは威風堂々と通路へ踏み出した。万雷の拍手が、のちに名君と讃えられる王の誕生を寿(ことほ)ぐ。     ──了──  

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