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第129話

 取り急ぎ薬草のエキスを練り固めたものと、掘り起こした苗を何株か、研究材料に充てるために首都ウェルシュクに持ち帰った。  つまり輝夜は耳欠け病の撲滅に向けての立役者となったのだ。ケツの穴のちっちぇえ野郎ども、功労者を称えるとともに恩に報いやがれ──等々。ヴォルフは王者の風格を漂わせて反ヒト派をやり込めたと、こういうわけだ。  ともあれ苛酷な旅を通して、ふたりの絆はいっそう強まった。  さてヴォルフと輝夜は、ただいま控えの間でひと息入れている。  ヴォルフは甲冑(かっちゅう)を模した意匠の式服を身にまとい、宝剣を帯びて、武神が降臨したかのようないでたちだ。もともとがっちりした体軀は幾多の試練を経て鍛え抜かれて、いちだんと逞しい。  余談だが、戴冠式が終わった後の祝宴の席上で、俺は輝夜ひと筋だとぶちあげて、さっそく列をなした、お妃候補をまとめて涙の海に沈めた。  かたや輝夜は銀糸を織り込んだチュニックに、ゆったりしたズボンという装いだ。それは大臣職にある者の第一級の礼装で、上下共に純白の生地が相乗効果をもたらし、凛とした立ち姿は大輪の白百合を思わせた。  ヴォルフは複雑な心境だった。輝夜を大いに自慢したい、だが誰も彼もが輝夜に魅了されることがあれば、と気が気でない。だいたいヴォルフ自身、艶姿に魅せられっぱなしなのだ。  我ながら呆れるまでの、べた惚れっぷり。照れ隠しに肘かけを接する椅子へと、殊更尊大に顎をしゃくった。すると輝夜は、長い裾を優美にさばいて腰を下ろす。その、しとやかな物腰を目の当たりにすれば、昨夜も(ねや)でよがり狂ったところなど、いったい誰が想像しうるだろうか。  ふたつの顔を使い分けることにかけては、ぴか一だ。ヴォルフは苦笑交じりにコケモモ酒の杯を干した。もっとも、ふくよかな味わいのこれの何万倍も朱唇のほうが風味豊かだが。  お誂え向きなことに人払いしてある。肘かけから身を乗り出していきながら細い(おとがい)を掬って、こちらを向かせた。輝夜という、とびきり美味な栄養を補給する思いで唇を重ねていき、ところが侍従長あたりが扉をノックする。  これから聖堂において格式張ったあれやこれやが延々とつづく。考えただけでうんざりして、精悍な顔がゆがむ。  とはいえ近隣諸国の王族や豪族にもご臨席を仰ぐ手前、主役が戴冠式をすっぽかしでもしたら外交問題に発展しかねない。  ヴォルフは首の骨をこきこき鳴らすと、己の出自を誇るヒョウ柄のマントを羽織った。しなやかな手を取って輝夜を扉へといざない、 「俺は儀式の最中に絶対、居眠りこく。内助の功ってやつで、それとなく援護しろ」    命じて、そのじつ甘えた。再度のノックにアッカンベで応えたのもつかの間、琥珀色の双眸が悪戯っぽくきらめく。

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