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ホテルで
「やべ、道がない」
「ちょっとどこなんですかここ!」
休前日、妙に浮足立った俺と高岡さんは、深夜に意味もなく車を走らせていた。目的のないドライブは高揚感をかきたて、日常に埋没していた冒険心を掘り返す。車はいつの間にか、見知らぬ山道を走っていた。
「ちょっと待ってどっちから来たっけ」
「こっちでしょ?」
「……じゃああっち行ってみるか」
「うわー、絶対帰れねぇよ」
車はさらに山の中を行く。道は左右にぐんぐんうねり、深夜を引き裂いて進む。窓を開けると冷たすぎる空気にとりつかれ、ああ知らない場所にきてしまったと皮膚で実感してしまう。時折あらわれる道路標識と、ラブホテルの看板だけが居場所を確認する手掛かりだった。
「なんで山ん中ってラブホテル多いんですかねー……」
「なんでだろうな」
「土地がひろいから、とか?」
「あと長距離運転の時に休憩できるしな」
「あーなるほど」
しばらく車を走らせたあと、高岡さんはとつぜんウィンカーを出した。車は減速した。顔を上げると「HOTEL」「IN」と書かれた看板が目の前にあった。
「えっ!? ちょっ」
「いやー長い時間運転してたから疲れちゃった」
「えっ、入るんですか!?」
「休憩休憩」
戸惑う俺の横で、高岡さんは臆すことなく車を駐車場に停めた。シートベルトを外し、いまだ助手席で硬直してる俺を急かすように見た。
「ほ、ほんとに入るんですか……?」
「うん、休憩」
「休憩って……、っていうかダメでしょ、男同士で入ったら」
「大丈夫だって」
「えー……でも……」
「ほら早く」
そうして、俺たちはホテルに泊まることになったのだった。
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部屋に入ると、高岡さんは早々にシャワーを浴びに行ってしまった。俺はソファに腰を下ろし、軽食メニューや貸し出しのアメニティグッズなどが一覧になっている冊子を意味もなくめくりながら、浴室から聞こえてくる水音を聞いていた。
考えてみれば、高岡さんとどこかに泊まること自体初めてだった。旅行にいきたいいきたいとお互いに言いながら、金がなく腰も重い俺たちは、いつも提案だけで満足してしまっていた。家以外の場所で、行為をするのも初めてだ。特殊な場所のせいで、妙に緊張してしまう。
「なに見てんの?」
気付くといつの間にか高岡さんが風呂をあがっていた。備え付けの、白いガウンのようなものを羽織って俺の前に立っていた。
「あ……いや……」
「それ欲しいの?」
「え?」
目の前に開かれた冊子に目をやると、ちょうどアダルトグッズのページになっていた。
「ち、ちがいます!」
「え、違うの?」
「違いますよっ……、お、俺も風呂はいってきます……」
乱暴に冊子を置き、早足で浴室に逃げ込んだ。
シャワーから上がり、身体を拭いているとドアをノックする音がした。しばらくして声が聞こえてきた。
「……御代は後払いになりますので……」
「あ、はーい」
どうやら高岡さんが、軽食か何かを注文したらしい。部屋のドアが閉まる音を聞いて、浴室から出た。
「えー注文とかするなら先に言っといてくださいよ俺も腹減ってたのに」
「え? お腹空いてるの?」
「そーですよー、ずるいですよ高岡さん……ひとり……で……」
「ごめんそれならついでにメシも注文すれば良かったな」
その時俺はようやく気付いた。高岡さんが手にしているのは、軽食やアメニティや、そんなものではなかった。
「買っちゃった」
右手には、先ほど俺が無意識下で開いていたページに載っていたバイブが握られていた。高岡さんは色んな角度からしげしげと眺め、むやみにスイッチを入れている。
「えっ!?」
「おー、けっこう動くなあ」
「ちょっ、ちょっと待ってください聞いてないです!」
「欲しかったんでしょ伊勢ちゃん」
「違うって言ってんじゃないですか! やです! ぜったいやだ!」
「えーそんなに?」
「嫌です! そんなん遣ったらぶっ殺しますから!」
「分かった分かった、勝手なことしてごめんな」
高岡さんはかたわらにバイブを置くと、俺を抱き寄せキスをした。ごまかされているような気もしたが、それが高岡さんの手から離れたことに安堵している内、うねる舌の熱さにうやむやにされてしまった。
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「はっ、あっ!」
「……はぁ伊勢ちゃん……」
「あぁ、あっ!」
「すごいな……どうしちゃったの……」
まだ前戯の段階だというのに、さきほど早々に達してしまった。入り込んだ指先の動きだけで、あやうく二回目の波も込み上げそうになる。
「そんな興奮してんの?」
「あっ、んぁっ!」
「ホテル入っただけで興奮しちゃった?」
「あっ、ちがっ……!」
ベッドが広いので、高岡さんは俺に寄りそうように横になり、指先を動かしながら合間にキスをして、耳や首に舌を這わせる。微かなその刺激にさえ、身体が反応してしまう。
「それともアレに期待してんの?」
急に指先を引き抜かれ、突然の虚無感に襲われた。ぼんやりと目を開けると、見慣れない天井の小さなライトが目に入った。涼しい部屋の中で自分が汗をかいているのが分かり、ぼんやりしてしまった。
ふいに高岡さんが再び覆いかぶさってきた。同時に、その部分に人工的な冷たさが押し付けられた。
「っ!?」
「力抜いて」
「うあっ、ちょっ、やめっ……!」
目で確認する必要もなかった。初めて触れる感覚に、肌が粟立った。奇しくもそれは、高揚感に似ていた。
「つ、遣わないって言ったじゃないですかっ……!」
「遣わないとは言ってない、伊勢ちゃんに遣ったらぶっ殺すって言われただけで」
「あっ、んぁっ……!」
「殺されてもいいから遣ってみたいなぁ」
高岡さんはおねだりする子供の甘さでほのめかし、バイブを最奥まで挿れた。慣れない冷たさや大きさに戸惑っていると、高岡さんが微笑んだ。目元も口元も綻んでいるのに、奥に潜む欲が滲んでしまっているから歪んでみえる。
「じゃあスイッチ入れるよ」
そして反応する時間も与えず、さっさとスイッチを入れてしまったのだった。
「んあっ!?」
抵抗の言葉を吐くより早く、自分の下腹部あたりから低いモーター音が響きはじめる。動いているのは内側に入り込んだ一部分だけであるはずなのに、どういうわけか一気に指先まで痺れ、動きを封じ込まれてしまった。
「あっ、あぁっ!」
「はは、すげー」
内側をかきまわすように激しく動くバイブが、慣れない箇所を確実に責める。指とも性器ともまったく別物のそれは、誰の意思にも従わない、という確固たる意思があった。ぎりぎりで留めていたはずの理性は簡単に砕け散った。
「あっ、あっ、あっ!」
「ちゃんといいとこ当たってる?」
「あっ、んぁぁ!」
「こうやったらどう?」
高岡さんはバイブを掴み、乱暴に動かす。やみくもとも言える動きは不規則で、俺の内側を容赦なく責め立てる。ただでさえ慣れないバイブの動きが、高岡さんの手によってさらに予測のできないものになる。
「あっ、あっ!」
「すげー、そんなに気持ちいいんだ」
「あっ、あぁんっ!」
「ははっ、ぐちゃぐちゃ」
高岡さんは俺の太股をすくいあげ、まじまじとその部分に目をやっている。たまに思いついたようにバイブを動かしたり、勃ち上がった性器にふれたりする。声がかすれてきたのが自分でも分かる。けれど何か考えるより先に、声が上がってしまう。
「やめてとか抜いてとか言わねぇんだな」
ふいに固い声が聞えた。ぼやけた視界の中で、高岡さんがまっすぐに俺を見ている。
「んぁ……っ、あっ……」
「散々いやがってたから、すぐやめてって言われるかなって思ってたんだけどな」
「あっ……んぅ……」
「いやがってた割には、結局喜んでんじゃん」
高岡さんがまたバイブを掴むのが分かった。思わず身構えると、予想とは裏腹に引き抜かれた。スイッチを切らないまま強引に引き抜かれ、最後の痛みが駆け抜けた。
「んぁっ!」
「悔しいからここまでね」
息を整える暇もなく、今度は高岡さんが入ってきた。指先で丹念にほぐされ、先ほどまでバイブが暴れていた箇所は、滞りなく高岡さんを受け入れた。
「あっ! んぁっ!」
「はっ……そんな気持ちかった? アレ」
「あぁ、あっ!」
「正直俺のとどっちがいい?」
高岡さんは太股を掴み、足を大きく開かせて腰を動かす。とっくに節々の力を奪われてしまった俺は、おもちゃのように足をかっぴらいてただ受け入れている。自身の先端からは、だらしなく液が零れ続けているのが見える。声はかすれ、喘ぐというより唸るような声ばかりが出る。
先ほどまで身体中に力が入っていたはずなのに、今は力なく寝かされるばかり。シーツの清潔な白さに呑まれるようにして意識が遠のいていく。
「あーあ、伊勢ちゃんえろいからおもちゃハマっちゃいそうだな……」
高岡さんの、と答えるより早く、独り言のように呟いた言葉を聞きながら、真っ白な世界に飛ばされたのだった。
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「あ、起きた」
目を開くといちばんに見覚えのない壁の色が目に入り、混乱した。高岡さんは俺の横に座って、テレビを見ていた。
「あれ……」
「おはよ」
「……おはようございます」
「大丈夫?」
「……はぁ……」
「俺さあ、セックスで気ぃ失ってる人初めて見たよ」
ああそうだ昨日は、ドライブしていて、知らない場所までやってきて、休憩と言ってホテルに入って、高岡さんがいつの間にかバイブを買って、それで、それでいつの間にか、今を迎えている。
「……あれ、俺……?」
「あ、まじで記憶ない感じ?」
「なんか……ぼやっとしてて……」
「すごかったよ、伊勢ちゃん。触ってないのに何回も何回もイっちゃうし、そのあと話しかけても返事しないし」
「……そうでしたっけ……?」
「あーほんとに気ぃ失ってたんだ、すげぇな、そんな気持ち良かったんだ」
高岡さんは、未だ起きあがれずぼんやりと薄眼を開くだけの俺をシーツごと抱きしめ、額にキスをした。
「まー……かわいかったし、やっぱ買って良かったなぁ……」
しみじみ、噛みしめるようにくちびるから漏れた呟きを聞きながら、ほとんど堕ちるように眠りに導かれていった。ぜんぜんきもちよくなかったです、と陳腐な嘘をつくのは、もう一度目が覚めてから。
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