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高時給未経験OK働きやすい職場です

「あのー、ちょっといいですか?」 夕方、駅前で高岡さんのバイトが終わるのを待っていた時だった。ロータリーの植え込みに腰を下ろし携帯をいじっていると、細身の男性に顔を覗きこまれた。 「はい?」 「今お時間あります?」 「あー……まあ、はい」 細身、金髪で髪が長くて、スーツにパンツに先っぽがとんがった変なブーツ。キャッチか、と思ったけれどなんとなく違う。とは言え明らかに怪しいけれど、高岡さんは遅れているし、なんだか面白そうなので暇つぶしに話くらい聞いてやろうと携帯をポケットにしまった。 「ぼく今モデル探しててー、さっき歩いてるとこ見てたんですけどー、お兄さんスタイルいいですよねー」 「は? モデル?」 「そうなんですー、ぼくこういった事務所のものでしてー」 差しだされた名刺には聞いたこともない会社の名前が載っていた。ますます怪しい。 「モデルってなんですか? 雑誌?」 「うん、まあ色々手広くやってるんでー、雑誌とか、テレビ……テレビCMとか、まあそういったものと、あとビデオと」 「ビデオ?」 明らかにニュアンスの違うその言葉を繰り返すと、男性はにっこりとほほ笑み、図々しくも俺の隣に腰を下ろした。距離を縮め、ささやくように耳に口を寄せる。 「お兄さんもAVとか見るよね?」 あーきたホラいよいよ怪しい。AVのスカウトかよ。でもそういうのって普通女の子に声かけないか? 男優募集してるのか? 「お兄さんはなにもしなくていいんだよね、ただ寝てるだけでいいから。そしたら相手の人が全部やってくれるから」 「……それってもしかしてゲイビデオですか?」 男性は一瞬驚いたような表情をしたあと、またあの胡散臭い微笑みをかました。 「大丈夫、絶対痛くないし、本当に女の子にされてるみたいだから」 あーマジかよマジなのかよ。 絶対やりたくねぇけど、でもああいうのって一回の出演料どのくらいなんだろ。本番ってあるのかな、まああるんだろうな。ここで俺が「俺ケツの経験あるんで全然大丈夫っすよ!」みたいなこと言ったら優遇してくれたりしないの? いやまあされても絶対やらねぇんだけど。それにあれか、経験ない人の方がいいのかな。処女モノのAVとかいっぱいあるし、そういう。 「ね、どう? 一回だけでいいから、とりあえず話だけでも」 「やりませんお帰りください」 確固たる拒絶を示したのは俺ではなかった。顔を上げると高岡さんが立っていた。静かに俺達を見下ろし、静かに、あまりにも静かにその一言を呟いた。男性は剣幕に押されたのか、なにも言わず立ち上がり去って行った。 「……お待たせ」 「待ちました」 「ごめんな、やっぱり待ち合わせ場所変えればよかったな……この時間の駅前ああいう面倒くせぇ奴多いから気をつけて」 「はあ」 「早くメシ食い行こ」 立ち上がり、居酒屋の多い通りに向かって歩き出す高岡さんについていきながら、先ほどの男性の嘘臭い身なりを思い出していた。スーツの曖昧な薄ねずみ色ばかり覚えていて、顔は早くも薄れてきている。 「俺ああいうスカウトとか初めてされたんですけどいるもんですねー」 「ああいるよ、うまいこと言って事務所つれてこうとするけど、ついてったらすぐヤられちゃうから気をつけてね」 「……でもAVってどのくらい稼げるんですかね」 「え? もしかして出たいとか言わないよね?」 「いやいやそれはないです、でもなんか……ああいう仕事ってやっぱ儲かるんだろうなーと思って」 俺は人波にまぎれなんとなく色んな判断が曖昧になっているようだ。普段は頭に浮かびもしないことへの興味がとまらない。 「まあ……結構儲かるんじゃない、伊勢ちゃん顔可愛いし、ケツ使えるし、でも一応ノンケってことになるだろうし……重宝されるだろうね」 「ふーん……」 「まあ絶対許さねぇけどな。俺以外の男が伊勢ちゃんで抜くなんて考えられねぇ」 ぞっとして顔を上げると予想に反し高岡さんは笑っていた。だから余計にぞっとした。 「その名刺貸して?」 「あ、はい」 どうすればいいか分からず手に持ったままだった名刺を手渡すと、高岡さんは歩きながらびりびりと破り始めた。名刺はあっという間に細かな破片になり、歩くスピードに呑まれて散っていった。 「なんかさー、たまにヤってるとこ見られると興奮するって奴いるじゃん、俺あれ理解できないんだよな。伊勢ちゃんの顔とか声とか絶対他の奴に見られたくないし」 「……」 「それに伊勢ちゃんが他の男に触られるなんて論外だし、犯されるなんて考えるのも胸糞悪ぃわ。つーか声かけてきたさっきの男ぶっ殺したいくらい。何伊勢ちゃんに軽々しく話しかけてんだよな、調子乗ってんじゃねえよまじで」 「……」 「ね。だからもしお金に困っても、絶対にやっちゃだめだよ?」 高岡さんは冗談めかしてにこにこと笑いながらひたすらに歩く。その作られた「冗談」があんまり下手なので、俺は歩みを合わせながら、「ア、ハイ」と呟くことしかできなかった。

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