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あかるいね

深夜の街は暗くとも、薄壁で隔たれた部屋は明るい。 短針が午後から午前を跨ぐ頃、狭い部屋の中は静かに熱を帯び始める。風呂からあがってシーツに横になっていると、浴室から出てきたばかりの高岡さんにキスされた。触れるようなキスで終わるかと思っていたら、舌が遠慮がちにくちびるを辿りはじめた。 「……するんですか?」 「んー……したい」 高岡さんは猫のように首もとにじゃれついて、甘えた声を出す。濡れた毛先がくすぐったい。 「じゃあ消してください」 「え?」 「え、じゃなくて」 「なに」 「だから、電気消してください」 「んー……やだぁ」 「やだーハート、じゃなくって」 今日の高岡さんは妙に甘えモードだ。首や耳裏に軽くキスをしながら、ゆっくりと愛撫をはじめる。いつものようにスムーズすぎる手順で進めるのではなく、電気もまだついたままだ。 「このまましたい」 「いやです。点けたままならしたくないです」 「えー……俺つけたままじゃなきゃしたくない」 「じゃあすんのやめましょうか」 高岡さんは一旦身体を起こし、ぶすっとした表情を見せた。先ほどまでの甘やかな色気は一滴も残っていない。俺のせいだけど。 「なんでそうやってすぐ引きさがんの? 自分だって本当はしたいくせに」 「そんなガチで怒んないでくださいよ、こんなことで」 「あれだぞお前、男は視覚で興奮する生き物なんだぞ?」 「はあ」 「つーことは俺だって伊勢ちゃんだって、よく見えてた方が興奮するってことじゃん。なら電気消す必要ないでしょ」 「いや俺別にそれで興奮するとかないですよ」 「うそだね、伊勢ちゃん鏡とかつかったときすげー分かりやすく反応してたもん」 「か、鏡の話はしてないじゃないですか」 「伊勢ちゃんも視覚で興奮してるって話」 物分りの悪い子どもに言い聞かせるようにまろやかな声を出しながら、高岡さんは改めて俺に覆いかぶさってきた。耳にくちびるを寄せ、そのすきに腰もとに手を滑り込ませる。 「ちょ、聞いてますか!」 「聞いてる聞いてる」 「聞いてるって言いながら脱がすのやめてください!」 「なに? ちゅーしたいの?」 「んなこと誰が言っ……ん……!」 抵抗の声をあげるとくちびるをふさがれてしまった。互いの唾液が絡み合い、生々しい音が響きはじめる。そっと目を開けたら、目の前にある高岡さんの眉間が苦しげに歪んでいた。今日の高岡さんは、すごい興奮してる。 そうしているうちに、ずるりと下着ごと脱がされてしまった。高岡さんの視線が下へ向かったとき、口角がにやりと持ち上がったのを明るい部屋の中で見逃すことはなかった。 「伊勢ちゃん勃っちゃってる」 「な……、た、高岡さんだって!」 「ん。俺は最初っからギンギン」 「なに自慢げに言ってんすか」 「いやー、伊勢ちゃんは興奮なんてしない、みたいなこと言ってなかったかなー、と思って」 にやつきながらも欲情を隠しきれていない目で下を見られ、沈静させようとしていた体内の火が一気に、過剰に燃え上がる。 体温をごまかすためどんな屁理屈を返してやろうかと気をとられているうち、密やかな部分に指をあてがわれ言葉も詰まる。どのタイミングで準備をしたのか高岡さんの指はローションで濡れていて、ごく自然に俺の中に潜り込んでくるのだった。 やっぱり高岡さんは高岡さんだ、時々なにもかもスムーズすぎて腹立たしい。とは言え、ゆっくり侵入してきた指に抗うこともできない。 「んぅ……っ!」 「伊勢ちゃんのここってこんなに広がるんだ」 「あ! ちょ、な、なにやっ……!」 「いつもやってることだけどさ、改めて見るとすげぇなあ、こんな柔らかくなるんだもんな」 「や、やめてくださ……っ! くそ、見んな……っ」 「見るよ。中まで丸見え」 高岡さんは、俺の足のあいだにかがみこんで楽しそうに指を動かしている。シーツに仰向けになった俺は高岡さんと視界を共有できない。でも光景を推測することができる。入り込んだ人差し指と中指をぐいと広げられれば、羞恥と快感が混ざり合って込み上げる。 「ひくひくしてる、中もきれーだね」 煌々とした明かりは、俺自身が一度も目にしたことのない場所まで暴いているのだろう。そして高岡さんは本当に楽しくて仕方ないというように指を動かしては、中を開いて覗き込んで楽しげににやついている。蹴ってもいやがっても効果はなく、どうしようもなくなった俺は腕で顔を覆って自分だけでも明るさから逃れようとした。 「いくら伊勢ちゃんが顔隠しても見えてるもんは見えてるよ?」 「……っ、んなことわかってますよ……っ!」 「かっわい。ね、入っていい?」 返事もしていないのに、いつになく余裕のない高岡さんはかまわず服を脱ぎ散らかしていく。下着を下ろすと、すでにそそり立った状態の性器が飛び出してきた。コンドームの袋を破るのもわずらわしそうな荒い手つきは、明瞭な視界がもたらす効果をあらわしているようだ。 「せっかちでごめんね」 高岡さんは上を向いた性器にゴムをかぶせながら、言い訳のようにぽそりと呟いた。どうやら、腕の隙間から終始を盗み見ていたのがばれていたらしい。 なに見てんの、とからかわれるかと思ったが、本当に余裕のない高岡さんは、俺の脚をがばりと開くとすかさず、やわらかくなった場所に先端を押し付けてきた。 「んあっ!」 「ん……痛くない?」 「だ、だいじょうぶです……」 「伊勢ちゃん……」 「なんですか……っ」 「入ってるとこ見ていい……?」 「……だめです」 ねだるように見つめられたので、もう一度だめ、と言うとまたキスされた。懐柔のために仕掛けられるキスは甘すぎる、それでも目を開ければ表情から激しい欲情をこらえて仕掛けているものだと分かり、そのとき渦巻くのは情のたぐいだ。 まんまと流されてしまった俺が気を緩めた一瞬のうち、太ももをつかまれ、胸に引き寄せるようにがばりと開かれてしまった。足のつけ根は明かりに照らされ、当然高岡さんから丸見えの状態だ。 「はー……すごい……俺の全部入っちゃってる……」 「ん、あ、うあ、見んな、って、言ってんのにっ、んあ!」 「はあ……やばいな、めちゃくちゃエロい」 「ふっ、くっそ、あとで、絶対、殴る、から、んあっ、あ!」 「かわいいね……」 ほんとこの人気持ち悪い、と思っているのに、本当に心底思っているというのに俺の下半身はがっつり反応していて、覆いかぶさってくる高岡さんの腹部にこすりつき、先走りで濡らしてしまう。その矛盾に気付いているから身体が熱くなる。 「伊勢ちゃん興奮しすぎだよ」 「は……っ、ふざ、ふざけんな……っ、んっ!」 「は……やばい、そんなぎゅうぎゅう締められると出そうになる」 高岡さんは腰を動かすのををやめ、つかの間の休息と言うように息を整えはじめる。そのあいだも支えられたままの足が、不恰好な現状を強調しているようだった。 「ちょ、あし、おろしてください」 「なんで」 「なんでじゃない、いいから、おろして」 「やーだ。じっくり見とかないと」 「え、や、やだ、やです」 もちろんそんな言葉に効力はない。高岡さんは息を整えながら改めてじっくりと結合部に目を向け、ごく、と喉仏を動かした。高岡さんの目は黒い、大きい。昼でも夜でもいつも眠そうな顔をしているくせに、欲に対しては恐ろしいほど素直で、目に見慣れないぎらつきが灯る。学内の友人は知らない表情だ。出会ったばかりの俺も知らなかった。 今、すっかり日常に溶け込んだその目に、あられもない姿を目撃されているのだ。 「んぁあっ……!」 「え?」 突然訪れた絶頂に、あらがう術もなく飲み込まれた俺は痙攣しながら精液を吐き出した。絶頂のさなか、耳に届いた高岡さんの声が淡々としていたので、余計に恥ずかしかった。 「ふ……っ、はあ……っ!」 「え、なんで?」 「う、うるさ……」 「俺いま全然動いてなかったんだけど」 射精が終わったとき残っているのは羞恥心だけだ。行為のはじまりから終わりまでのあれこれは、昂ぶらせるための特効薬として作用する。しかし事が済み、賢者になるのよりすばやく押し寄せるのは激しい後悔だ。高岡さんの無遠慮なにやつきはそれらをさらに助長させる。 「ね、なんで? なんで今イっちゃったの。俺動いてなかったのにそんなきもちーことあったの今」 「もーまじうるっさい!」 「あーごめんごめん伊勢ちゃん」 耐え切れなくなり、起き上がろうとすると、すかさず肩を押さえつけられた。俺が勝手にイッただけだから、がちがちの高岡さんはもちろんまだ中にいる。肩を押さえられ、一度深くまで打ち付けられれば、悲鳴のような声が漏れて押し黙ることしかできなくなる。 「ごめんね、伊勢ちゃんの一番かわいい顔見れなかったから、もっかいやり直そっか」 やめろとは言えなかった。キスのたびにひっそり目を開け、高岡さんの表情を盗み見ていた俺にとって、その理由ははねのけられるものではなかったのだ。

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