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騙し騙され

足を差し出すごとに弾けるように水しぶきが上がる。整髪料で固めた頭の上にも、おろしたてのシャツの上にも、雨水は均等に降りかかった。 「そこ滑るよ」 「うあ!」 「っ、捕まって」 差し出した掌を掴んだ高岡さんは、そのまま俺を引っ張るように石畳の階段を駆け上がった。俺は不安定な足元によろめきながら、引きずられるように階段をのぼった。 先には神社があった。雨降りの朝、神の宿る場所は静まり返っている。できる限りすばやく移動しようやく屋根のある場所に逃げ込んだけれど、髪からも顎の先からも雨粒がしたたっていた。 「やー……濡れちゃったな……」 「くっそー……高岡さんのせいだ……」 「なんでだよ」 「なんでだよじゃないでしょ!」 目や鼻を侵す水滴を手でぬぐおうとするが、その手も例に漏れず濡れていた。ごしごしと乱暴に拭っても、不快な水がわだかまるばかりだ。 「雨降りそうだから早く帰りたいって俺言ったじゃないですか!」 「えー……だって歩くのだるかったんだもん……」 「だったら始発まで待てばよかったじゃないですか! こんな半端な時間にやっぱ歩いて帰ろうとか言い出すし! 挙句雨降ってくるし!」 「……すげぇタイミングだよな」 「すげぇタイミングだよなー、じゃねぇよ! しかもこっちの方が近道だからとか言ってましたけどどこだよここ!」 酒を飲み歩いて終電を逃し、そのまま帰るか、朝まで待っていれば雨に降られることはなかった。高岡さんの我がままに付き合わされ雨にぬれる羽目になった。 せめてもの償いのように先導を切った高岡さんが選んだのは、入りくんだ知らない路地だった。雨宿りのためになだれ込んだこの神社も、たった今初めて存在を知った。まるで帰れる気がしない。 「本当に近道なんですかこっち」 「いや……なんか思ってた道と違った」 「くっそー……騙されたー……高岡さん置いて先帰ってりゃよかったー……」 濡れたシャツが素肌に張り付いてきもちがわるい。服を掴んで浮かそうとするけれど、服は吸いつくように密着したままだ。今日はたまたま、薄手のYシャツを着ていた。 「伊勢ちゃん、乳首透けてるよ」 「誰のせいですか」 「……俺が透かせたわけじゃないと思うけど」 不機嫌極まりない俺に、高岡さんはいつでも冷静に対応する。高岡さんは濡れた髪をかきあげ、額をさらし別人に成りかわりながら、俺の幼い怒りを沈静させようとしていた。 「風邪引くよその格好」 「でもどうしようもないじゃないですか……」 「俺タオル持ってるけど」 「えっ! 早く言ってくださいよ!」 「それ脱ぎなよ、タオル貸すから」 そう言われても、屋外で上裸になることには少し抵抗があった。けれど神社は静かで、人影はない。誰かが来る気配もない。その状況で濡れたシャツを身体に張りつけたままでいる理由もないので、軒下の段差に腰を下ろし、ボタンを外していった。高岡さんは俺の前に立ち、その様子を見下ろしていた。 「脱ぎましたよ」 「……」 「はやくタオル貸してください、寒い」 「……」 「高岡さん?」 返事がないので顔を上げた。高岡さんはいつの間にか身体を屈め、俺の目の前に顔を差し出していた。近くで揺れる睫毛に水滴がひっかかっていた。あ、綺麗、と気をとられた一瞬のうちに俺は肩を掴まれゆっくりと押し倒されていた。 「……っ……!」 背中を濡れた石畳に押し付けられ唇を奪われた。驚いて怯む一瞬のすきにさらした乳首を摘ままれた。冷えた身体の上を、高岡さんの生暖かく濡れた手が滑っていった。掌は欲情の熱を持っていた。俺は高岡さんの身体を肘で押し返した。 「ちょっ、何してんすか!」 「え? ちゅー」 「ちゅー、じゃないですよ!」 「伊勢ちゃんが裸になるから、なんかそういう気分になった」 「アンタが脱げつったんだろ! も……っ、早くタオル貸してくださいよ!」 「タオル持ってない」 「はぁ!?」 辻褄の合わない返事に顔を上げた。一瞬の隙をつき、高岡さんは俺の手首を掴み石畳に縫いつけてしまった。布団の上でいつもされている格好だった。でもここは屋外だ。冷めきった空気が停滞する神社だ。 「また騙されたな、お前」 高岡さんの目があの目をした。ああそうだここは屋外で神社だけど、人が来る気配はなく、そして俺は裸なのだ。 家に早く帰るための道を知らない高岡さんは、俺を惑わせる方法を知っていた。手首を持ちあげられ指の間を舐められた時、俺はごく自然に「あっ」と漏らしていた。

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