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こたつはべんり
大学生にとっての冬休みは、風が通りすぎればもう終わっているようなあっけないものだ。ところがクリスマスや年末年始の賑やかな空気を浴びた身体はすっかり休日モードに切り替わり、くわえて突然部屋を圧迫しはじめた新しい設備のおかげで、だらけた生活に拍車がかかる。伊勢ちゃんは起きる気配がない。
「おい伊勢ちゃん、いい加減起きろって」
「んんー……ねむい……」
「二度寝するんだったらせめて布団入れって、そんなとこで寝たら風邪引くから」
冬が深くなるとゼミによっては卒論の最終提出期限を迎えはじめ、無事卒論を提出したとある先輩は、ボロボロの状態で「俺はもう実家から出ない」と宣言し、そのまま荷造りも済ませて早々に一人暮らしのアパートを引き払ってしまった。「実家に持って帰るのも面倒だからやるよ」と、サークルの後輩たちに食器だインテリアだ本だCDだを残して。
「んんー……むりです……布団いくまでがさむいじゃないですかあ……こっから出たくない……」
そして、学校から一番近いアパートに住んでいた俺は見事、一番の大物であるこたつを獲得したのだった。バイトを終えて帰宅するといつのまにか増えていた設備に「なにこれ」と顔をしかめた伊勢ちゃんが、心をつかまれるのは一瞬だった。
「つーかそもそも寝てていいの? 今日はちゃんと学校行くっつってなかった?」
「えー……高岡さんだって行ってないじゃん……」
「俺んとこ休講。教授が雪で電車止まって立ち往生だって」
「じゃあおれも……」
「俺もってなんだよ」
「おれもやすむぅ……」
開き直って寝返りを打ち、こたつ布団をあごまで引き寄せる伊勢ちゃんを見下ろしていたら、その幼さの際立つ言動にちょっと、ほんのちょっとだけイイな、と思ってしまった。傍らにしゃがみこんで布団からかろうじて出ている伊勢ちゃんの鼻をつんとつつく。
「ほら、ちゃんと学校行かない悪い子はいたずらすんぞ」
「なにそれ……」
「48手でこたつ使うやつあったよな、この機会に試してみる?」
「え……なになに、まじ何の話」
「だから48手。こたつに隠れてセックスするみたいなやつあるじゃん?」
「え、あ、セックスの話?」
「うん、だから48手」
「俺あんまその48手ってやつよく分かんないかもしれないです」
「え、まじ!?」
「あれですか、なんかセックスの体位みたいな……」
「そっか知らねぇんだ、うっわ純粋」
「なんすか、ちょっと変態知識あるからってばかにしないでくださいよ」
「いやいや、ばかにはしてない。じゃあ俺が教えてあげようかなって」
「いやいいです」
「え、ていうかマジで知らないの……?」
「いや48手ってのは聞いたことありますけどお、そんな詳細とか知らないですよ、ていうか普通知らないでしょ? むしろなんで高岡さん知ってんすか、やっぱ変態じゃん」
だらしなく寝転がったまま俺を見上げるから、自然と甘えるような上目遣いになっている。伊勢ちゃんが突然出してくる奥ゆかしさ、というか、汚れていない感じ、というか、純粋さ、というか、俺と出会うまでふつうの男の子として普通に恋愛をして普通に下ネタで笑って普通にえろいことにも興味があって、ごく普通に、ある意味健全に育っていたのに、それなのに俺から悪影響を受けた結果こんな風になってしまったのだな、と想像させる一瞬、に、ものすごく興奮してしまう。
こんな風って言うのは例えば、昨夜の自分で上に乗って腰振ってる姿とか、軽めにいじめていたらすぐ堪えきれなくなってしまって、自分で自分の足を抱え込み持ち上げて挿れてほしいとおねだりしはじめた姿とか。俺がいつか、やってごらんと教えて甘く強要したあれこれが、知らないあいだにスタンダードになっていくさまに興奮しないわけがない。
「わ! ちょっと入ってこないでくださいよ!」
「いいじゃんいれてよ」
「やですよ狭いし風入ってくるし!」
強引にこたつへ割り込めば伊勢ちゃんは冗談半分に嫌がって身をよじる。それを封じ込めるように、強い意志を持って抱きしめるとようやく大人しくなる。よく知らない「こたつを使ったセックス」の全貌を推理するように、腕の中に収まって静かになる。ぴったりくっついているから、伊勢ちゃんの脈の音がよく聴こえて、温まった空気とともに俺をますます高ぶらせる。
「なぁ伊勢ちゃん。こたつの使い方、教えてやろっか? な──」
今からはじめる行為の全貌を頭の中でこねくりまわして、自分でも自分の荒い息を感じるくらいに興奮していたのに、言葉が止まってしまった。理由は単純だ。華奢な身体に覆いかぶさろうとした瞬間、足や背中をこたつに盛大に打ち付けてしまったからだ。天板が揺れる音はガゴンと尋常じゃない響き方をして、実際尋常じゃないほど痛かった。
「――っ!」
「え!? うわ、大丈夫ですか? なにやったんすか、ぶつけたの? うわダッサ……」
「お前な……っあー! いってぇ……!」
「ていうかちょっと待ってください、こたつ消えてません? ほら、なんか冷たくなってる!」
「あれ? ほんとだ……なんでだ、スイッチ入ってるのに……」
「壊した!」
「いやいやいや違う違う」
「違わないじゃないですか! 高岡さん壊したあ!」
どうやら俺の下心がこたつの生命を奪ってしまったらしい。布団の中が冷えていくほど、伊勢ちゃんの怒りは熱く震えていき、俺はと言えば本気で俺を責めたてる伊勢ちゃんへの誠意のため、先走って熱くなった下半身を沈静させるしかなかった。
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