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第1話

「……ジーク、何のつもりだ!」  牧人(まきと)は自分を押し倒す金属の手を振り払おうと、必死に上半身を(よじ)る。  しかし相手……執事型ヒューマノイドことジーク・ライアの腕力の前では、ヒトである牧人の力はあまりに弱すぎた。  それも当然のこと。ジークを含め、世に出回るヒューマノイド、いわゆる『人造人間』は本来、人の代わりに力仕事や家事を行う目的で作られた存在である。  彼らは人間に危害を加えないようリミッターこそあれど、その気になればプロスポーツ選手並みの力なら、難なく出せてしまう。そういうふうに作られているからだ。 「マスター、どうか大人しくなさってください。……(わたくし)はただ、確かめたいだけなのです」 「グ……確かめるって、何を、だ!?」  懲りずに暴れまくる主人を軽々と抑え込みながら、手の金属以外生身の人間と変わらない外見を持つジークは、頬を赤らめながら言った。 「私はどこか……故障をしているのかもしれない」 「ハァン……故障? そんな馬鹿な。さっき整備士からも、何も問題はないと言われたばかりだろうが」 「えぇ、ですから恐らくはプロの整備士にも分からない。……私自身にしか知覚のできない、不調なのかと」 「そんなもの、あるわけ……」 「だからこそ、確かめさせていただきたいのです!!」  ジークのその必死な形相に、牧人は一旦身体の動きを止めた。  ──ジークは牧人の幼い頃からここ、名門貴族の一つ浅霧(あさぎり)家に使える専属ヒューマノイドであり、二人はもう二十年以上の付き合いとなる。  ヒューマノイドであるジークは当然のことだが、二十年経過した今でも外見が変わることはない。  牧人にとってジークは『三人目の親』とも言える存在であると同時に、良き理解者。牧人専属となった今では、良きパートナーといった関係だ。  ……少なくとも、ジーク含め周囲にとっては、そうであるはずだ。  そのジークがここまで必死に何かを訴えたことは、長い付き合いである牧人の記憶の中でも、数えるほどしかない。  唐突に抱きつかれ、バランスを崩して押し倒されたことでパニックしていた頭が、少しずつ冷静になっていく。 「……すまない、ジーク。少し取り乱していたようだ」 「滅相もございません。私こそ、マスターである牧人様にこのような無体を。なんとお詫びして良いか……」  お互いに頭が冷えたらしく、ジークが先に立ち上がり、牧人へ手を伸ばす。  その手を取り、二人並んで仕事部屋のソファへ腰掛けた。  ジークが淹れてくれた紅茶は、何やかんやしている間に冷めてしまっていた。 「お茶を淹れ直してきます。ダージリンでよろしいですか」 「あぁ、頼む」  間もなくして、装飾の施された白いティーカップが二つ、目の前の机に並んだ。  ヒューマノイドは基本食事は必要ないが、味覚を拾うセンサーが口内に施されており、主人と共に食事やティータイムを楽しむことも可能である。 「……それで、お前の言う不調ってのは?」 「実は半年前から時々、何と言いますか……ボディが火照って、仕方がないのです」 「ボディが……火照る? 熱を持つってことか? そんなこと、整備士は一言も……」 「いえ物理的なものではなく、もっと概念的というか……人間で言えば、『体感的に』といったところでしょうか。我々ヒューマノイドの胸部には、個々の存在を証明するための最も重要なパーツ『コア』が埋め込まれていることを、牧人様もご存知かと思います」 「ああ。ヒューマノイドを従える身として、当然の知識だな」 「そのコアが、物理的に熱を持つわけでもなく、はたまたオーバーヒートしたのでもなく、表現としては『ポカポカと温かくなる』ことがあります。……それも決まって、ある条件を満たした時に限って」 「その、条件ってのは?」 「……駄目です。申し訳ありませんが、それはお伝えすることができません」 「なっ、どうして……」 「貴方様に、関係することだからです」 「俺に、関係すること……?」 「ええ。このことをお伝えすればきっと。……きっと貴方は、私を解雇し、この家から追放することでしょう」

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