35 / 50

 小さな子供の自分が泣いて叫んでいた。  動画配信して有名人になっているなんて知らなかった。  調律のバイトしているのも知らなかった。  ――これは、醜い嫉妬だ。  自分の方が純のこと、もっといっぱい知ってるって、全世界に訴えたくなる。  大声で叫びたくなる。  そんな権利なんてないのに。 「篠山くんは、私の弟子の中で一番覚えが早いよ」 「へぇ、すごいな、純」 「うん。ほんとすごい。最初の三年で逃げるかと思ったら、まだ続いているし、そういうひたむきに努力ができるって意味なら才能もある」 「さい、のう……」  自分には、あるんだろうか。純みたいな才能が。 「なにより篠山くんはピアノが大好きだしね。一番大事なことだ」  三森に褒められて純の目がキラキラと輝いて見えた。好きなことに夢中になっている姿。誇らしげで、頼り甲斐のある男。  結斗は三森から見た純の話を聞きながら、心ここにあらずになっていた。  また頭の中で嫌な音が鳴り出す。分析できない自分の中に流れる音楽。「嬉しい」と「寂しい」の音が半分ずつ鳴っている。幼馴染が誇らしいのに憎らしい。  結斗はバイトどころか、いつ純がピアノの調律を勉強しだしたのかも知らなかった。高校の三年間、同じ学校じゃなかった。その間に、純は結斗の知らない外の世界に目を向けたのだろう。よくよく考えてみれば、ここ一年、純の家のピアノの音色がよく変わると思っていた。  純はあの地下にあるピアノで勉強していたのかもしれない。  ――なぁ、いつから? どうして?  結局、どんなに近くにいても、どんなに長い間一緒に過ごしても、結斗は、純のことを何も知らない。  子供みたいな独占欲に囚われる自分をこれ以上みたくなかった。惨めだった。  さっきまでは、結斗も自立するつもりでいた。純から少し遅れてしまったけれど、純と同じように、自分だけの世界を見つけようと思っていた。  純と二人だけの幸せで、温かな、あの地下室から抜け出して、外の世界へ目を向ける。  純に優しく支えて貰わなくても、一人でも立っていられるようになる。これ以上、純の音楽を独り占めにしないし、大切な純の未来を奪ったりもしない。  ――だから、そばにいて。  面と向かっていうのは、恥ずかしいセリフでも、はっきりと言うつもりだった。  これからも親友として一緒にいるためのけじめ。  この先も、純がそばにいない未来が想像できない。  これが、結斗が純に言えるせいいっぱいの気持ちだった。  やっと決心したのに、三森と話す純を見て暗い気持ちが結斗の言葉を阻んだ。  また子供みたいな自分に逆戻りしている。 「純ごめん。俺、講義あるから、もう行くよ」  ――赤ちゃんかよ。  純のいう通りだと思った。  伝えたいことも、伝えなければいけないことも上手く言えない。自分の気持ちを表す言葉が見つからない。 「そう? じゃあ今日帰りにウチ寄ってよ。昨日二人とも酔ってて話できなかったし、クリスマスのこと」 「……うん、わかった行く。バイトあるから終わってからな」 「了解」  結斗は、そのまま二人から逃げるように、足早に建物から出ていく。夜、純に会う時までに、早く、いつもの自分に戻らなければいけない。 (ねぇ、いつものってどんなだっけ?)  ――歌いたいと思った。  この感情を全て歌にぶつけて。醜い心を全て消してしまいたかった。  自信が欲しかった。自分は、ひとりでも大丈夫だという自信。  結斗は三限が終わった時間を見計らって、やりたい曲があると、峰にメッセージを送っていた。  ――ひとりで自分がどこまで出来るのか知りたかった。

ともだちにシェアしよう!