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夕方のバイトの時間までという約束で峰と軽音部の部室へ行った。そこには瀬川が言っていた通り機材が揃っていた。
「今までだーれも歌わないからさ、インストばっかりだったし。嬉しくって峰から連絡もらって速攻きちゃったよ」
部室で峰と待っていると峰のバンドメンバーたちが集まってきた。
最初にバイトまでの時間だと約束していたので、メンバーたちは話しながら、それぞれ効率よく準備に取り掛かっていた。
「つか先輩たち、授業サボって卒業は大丈夫なんですか?」
「そう思うんだったら、こんな楽しいお誘いやめてよね」
「君が、ももくん?」
落ち着いた声。背の高いベースの人に後ろから声をかけられた。
「あ、はい。でも、ホント、俺、ただのカラオケしにきたみたいな? そんなのでいいんですか?」
「いーんだって、俺らも別にプロ目指してるわけじゃないんだし、趣味バンドだよ? 一緒に遊んでくれたら嬉しいな」
峰のバンドのメンバーは結斗が注文した通りに演奏してくれた。
こんな感じが良いと結斗が歌う。峰たちが、その通りに弾いて確認していく。狭い軽音部の部室は、結斗にとっていつも行っているカラオケルームと同じだった。
けれど、バンドの生音は心地よく身体中に響いた。
いつもなら、コントローラーを使って、結斗が好きにいじっている音も人が演奏すると自由に細かい調整がきく。
ここは、スピードを上げたい。ここはゆっくり。
そういって、自分の思い通りに響く音は気持ちよかった。
――まるで、純のピアノ。
純の場合は、結斗が何も言わなくても全部感覚で伝わってしまう。魔法のように。
結斗は、歌いながら頭を振った。
どんなに楽しくて、気持ちよく歌えても渇きは治らない。
どうしても、純が頭の中から消えなかった。
(そんなのは、いやだ。俺はもう一人でも大丈夫だから)
鬱屈した気持ちを晴らすためのカラオケだったのに、ちっとも晴れやしない。
再び声が歪んだ。歌詞に勝手に自分の感情が乗る。
気分爽快になる曲のはずなのに、隠そうと必死になっていた寂しさが溢れていた。
純のピアノの伴奏以外で歌えば、胸がすっとするはずだった。
ひとりでも大丈夫だって自信が持てるはずだった。
お前が、そうやって、誰かと楽しくやってるあいだに、俺だって楽しくやっているよ。
大丈夫だよ。
――ざまぁみろ。
けれど、そんなふうに少しも思えなかった。
結斗の心の中にあった真実は、歌詞と相反する感情だった。
ひとりにしないで。ずっと一緒にいて。
前を向いて歌っていたから、バンドメンバーたちから、結斗の顔は見えていなかった。
歌い終わって、頬に伝っていた涙を慌てて袖で拭う。
純と結斗が過ごした日々は、全てが完璧だった。
悲しいときも嬉しいときも、純がいたから幸せだった。
だからこそ、こんな腹立たしい関係があってたまるかと思った。
そばにいればいるほど、寂しくなる。
純のことが大切だからこそ、もう離れなければいけない。
周りと同じように純の前で楽しく笑えるように。
けれど、時間が、距離が、甘えたな自分の心が、それを許せない。
あんなにも、優しくされて、温かくされて、自分からひとりになるなんて、できるはずがなかった。
「いやぁ、カラオケなんて、とんでもない。マジでびっくりした。ももくんスゲェ」
昼にサイトで見た動画のコメント欄と同じだった。
バンドメンバーたちは、結斗の感情をおいてけぼりにして盛り上がっている。
――絶対、これいけると思う。なんか、世界が変わったっていうか。
――なぁ、これも投稿していいか? 瀬川に渡そうと思うんだけど。
峰たちに言われて、結斗は笑顔でオッケーを出していた。
少しも楽しい気分にならない、こんな歌なんて誰も聴きたがらないだろうと思った。
結斗が歌った、このひどい歌で世界か変わるなら、いっそのこと全部変えて欲しかった。
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