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第32話 犬猿の仲

「……おい」 「本当に申し訳ないと思っています」 いきなりで悪いが、ただいま俺は仁に頭を下げている。何をされるとかそんなことはないと思う、なぜなら仁はクラスメイトの手によって可哀想なぐらい拘束されているからだ。仁の顔がいつまで経っても怖いもんで、喋る言葉が湧いてこない。よってなかなか話が進展しない。 ♢ 俺が気絶してしまった後、高松は後片付けをしてくれていたらしい。俺が目を開けた頃にはもう何もかも終わった後だった。誰にもいうなと釘を刺されて、みんながいる部屋に入った。高松は澄ました顔をしていたけど、まだ俺は身体の熱を捨てられず、身体が少し震えている気がした。 それでもいざ部屋に入ると、意外に気付かれなかった。高松が俺を起こしたと何食わぬ顔で言っている。朝早くから騒がしくみんな活発で、まさかこんな朝早くに致してたなんて考えても見なかったんだろう。仁に隣に座れと言われ、言われるがままに座った。 「ん?」 雲行きが怪しいと思ったのはここからだ。仁は俺に引っ付いたと思うと、何やらスンスンと俺の匂いを嗅ぎ始めた。遠くで高松に睨みつけられる、周りの視線が痛い。 「ど、どうした?」 俺に演技経験はない。強いて言うなら小学校一、二年生の学芸会でそれなりに主役と絡む役を演じただけだ。そんな大根役者の俺には嘘をつくことはできない。なんともないように振る舞っても、焦りが見え見えだ。仁はしばらく俺の身体に顔を埋めた後、強く怖く睨みつけてきた。 「おい高松、オレの男に手ェ出してんじゃねえよ」 鬼みたいな顔だった。本当になんの冗談も無しに人を殺しそうな顔をしている。第三者の周りでさえ遠巻きで見ることしかできないそれに、恐れもせずに向かっていく高松は多分命知らずだ。 高松が俺たちの方によってくる、無音の時だった。俺の真近くに来たと思ったら、左腕を持ち上げられた。跪いた高松と同じぐらいの高さになった時、そっと、優しくキスをされた。腕にキスとか今まで経験がないもんで、悪い意味じゃない鳥肌がめっちゃ立つ、鶏にでもなったかと思った。 「言葉を返すが、俺だってコイツを調教したんだ。こんなにいい雌を逃すわけねえだろ」 結論から言うと、仁の手が出た。今まで不良とはいえ殴る蹴るはなかったが、遂に手が出た。高松の肩を持ち、俺から引き離すように引きずった。肩掴んだだけでこれってどんだけ力強いんだよ。 「許さねえ、許さねえ……手を出すな!」 力自慢の職業《クラス》をもつ健吾達がこぞって取り押さえにかかった。魔法や遠距離タイプの喜助達は、俺を心配して安全な部屋の奥に運んでくれた。手を出すな、そう言われた時少しドキッとしてしまったのは内緒。高松の時といい、無理矢理が好きなのかもしれないと、自分の浅ましさがまた少し嫌になった。 ♢ こう言った経緯で今に至る。取り押さえられ動くことすらできずに、やるせない顔で俺を問い詰めている仁はやはり少し可哀想だった。高松は反省の色はないが、周りからの目をやれやれだと言った顔で受け流している。 「もういいよ、仁も反省してるし、これは俺の方が悪いと言うか……」 「梓の発情体質に付け込んで強姦まがいのことしでかした上に、手を上げたんだぞ。殴っていいと思う」 「いや良くはない、あと総司ちょっと怖い」 大和総司。仁と同じぐらいの巨体でそんなこと言われたらいくらなんでも怖い。今でも第一線で押さえつける仕事をこなしている。性格は高松ほどじゃないけど、クラスメイトの中でも、なかなか毒気が強い方だ。ちなみに職業《クラス》も重騎士と、巨体を生かせるいい職業だなと思う。その運を1ミリでもいいから俺に分けて欲しかった。 「総司、俺はもう大丈夫だ。このままだと仁もイライラするだけだろうし、離してやってくれないか?」 今回の件でこいつは全然悪くないと必死に訴えた。最終的になんとか納得……ではなく妥協してくれたのだろう、仕方がないと言った感じで手を離した。ようやく解放され晴れて自由の身となった仁は総司には目もくれずに一直線に駆けつけてくれた。 「高松にどれだけ体を許した、突っ込まれたか?どんなことされた?」 身体のあらゆるところをぺたぺたと触って心配してくれる仁を見て、つい可愛いと思ってしまった。これで手が出なかったらもっと可愛いのに。 「何もされてないけど……ちょっと汗かいたから風呂入りたいなぁなんて」 そう、おれは風呂に入りたい。朝からずっと変な汗をかきっぱなしだ。 「そうか、ならオレもつきそう。これ以上誰かさんに手を出されたら黙ったもんじゃねえからな」 「それは誰のことだ」 「誰だって気付くぜ、高松じゃなくて馬鹿松かよ」 「なんだそれは、馬鹿というのは自己紹介だな」 「あ?」 「ほう?」 仁と高松は犬と猿のようだ、たしかに相性がいい気は全くしない。そのあと、抜け駆けは許さんと言わんばかりに全員が足を引っ張って、俺の力ではどうすることもできなかった。結局隙をついて部屋を出て、さっさと済ませようと1人で風呂場へ駆け出した。 俺がいないと分かったら驚くだろうしガッカリするかもしれない。しかし、朝から全ての体力を使ったと言っても過言ではない俺に、喧嘩を止める力はなかった。これは不可抗力だと自分を正当化する、やはり俺の異世界転移だけやけにハードモードだと再確認した。

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