48 / 206
第48話 自堕落な国王様
「遅かったな。……なんでおんぶしてんの」
「とりあえず、冷たい飲み物を用意しよう」
それにしても、グルーデンが誇る王室の絢爛豪華な扉をから入ってきたのは、闘拳士とそれをおぶっている踊り子だ。国王はどう思うのだろう身だしなみも満足に整えていない上に、たくさん走ったせいで息切れを起こしているこの体は、お辞儀すらもできない。これはどう考えても第一印象最悪は免れないだろう。
しかし肝心の王様がいない。どこにいるのだろう、こういうのって普通部屋の真ん中ら辺にある豪勢な机と椅子に寄りかかってるものだと思ったけど。辺りを見ても豪華な机こそあっても、そこには山のような難しい書類が並ぶばかりで、喜助達が掃除をしている。
「えっと……国王様は?」
「ごめんな梓、今起こすから」
起こすとか抜かしやがった。今寝てたのかよ、焦って損したぜ。息も呼吸もひと段落ついたところで、健吾を下ろしてあげた。俺の背中がそんなに気に入ったのか、もっともっととせがまれたが、これ以上がキリがないから謹んで断った。
「トルチさん、梓が来ましたよ」
「ん?俺寝てたのか?」
「はい、寝ちゃってました」
未来が書類の山に声をかけると、2本の腕が現れた。ビクッとして健吾の後ろに隠れていたら、遂にその全貌が明らかになる。国王様のようなきっちりとした軍服におお、となったのはほんの一瞬の話。栄養を取れているのか怪しい細い身体に、思わず心配になるほどの黒いくまは、俺を正気に戻すには容易すぎた。
成にトルチさんと呼ばれたその男の人は、そんな自身の体を重そうに引きずって、今さっき片付けられたばかりの机の近くにあった椅子に座った。ま、まさかこの人が……
「……あの、どちら様か伺ってもよろしいですか?」
いやいやそんなまさか、俺を騙そうなんて魂胆通用しないぜと言った心境だった。もしも本当に《《そう》》だった場合の保険のため、言葉遣いは丁寧にしておく。
「えーまずは来てくれてありがとう、来てくれたことに感謝しよう。俺はトルチ・アダマント・グルーデン、世界一の強国であるグルーデン王国の国王ってことになってる」
本当にそうだった。眠そうな顔をしてボサボサになった頭をぼりぼりと掻くその姿は、お世辞にも国王様とは思えなかった。確かに着ている服や仕草に隠しきれない育ちの良さは、王族と言われても納得のものだったが、気怠げそうな声や浮浪者のような顔つきは俺のイメージにあった国王様とはかけ離れているそれだった。
「なに、やっぱ思ってるのと違った?」
「いえいえ、めっそうもありません!」
「遠慮しないで。なにせ喜助くん達にも同じような顔をされたんでね。どうやら君たちの住む世界の国王は、ずいぶん模範的なようだ」
洋風な模様の煙管を取り出して慣れた手つきで吸い始めた。指先から魔法か何かで火をつけた時は驚いたけど、それはほんの刹那、魔法の世界の王族ならできて当然だと落ち着きを取り戻した。それよりも俺は、こんなに紙が多い場所でタバコなんて吸って良いのかなと心配した。
俺も魔王倒すために魔法覚えようかな、魅了だけでは戦える気がしない。防衛手段の一種として習った方がいいのかも……なんて考えていたら、急に話の本題に入られた。つかみどころのない人だな。
「一つ頼みがある、明日の夜にも君たちはコグエに行こうとしている。転移したばかりで疲れが取れていない状況なのは承知なのだが……」
そんなに頼みずらいのか。夜に人を呼び出したかと思えばやさぐれた見た目で出迎えて、さらにはタバコを吸い始めるような国王様が遠慮するっていったいなんなんだろう。俺に出来ることでしたらなんなりと、後で考えてどれだけ軽率な言動なのだろうと反省する言葉だ。しかし今は気付かない。チルトさんもそれならと遠慮を捨ててしまったようだ。
「前日、君は街に出て国民に囲まれたみたいだな、怪我はなかったか?」
「は、はい。なんとも」
その後仁と大変なことになったことはこの際黙っておこう。
「国民があの後、あんな可愛い踊り子を隠してたなんて信じられないって軽い暴動を起こしかけてね……」
「え?」
「踊り子を一度でもいいからショーに出さないとストライキおこすとか言ってやがんだよ」
「嘘ですよね?」
「嘘じゃねえ」
あまりの情報量に、頭がパンクしそうだった。人間って限界越えると驚くんじゃない。逆に落ち着くのだとこの瞬間に学んだ。
ともだちにシェアしよう!