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第57話 グルーデンの踊り子達
それからは何もなくただ控え室に向かって歩いた。手足につけた鈴の音だけが響くその道は、なかなか恥ずかしいものがあった。途中で希望が何か言いたげだったけれど、誤魔化されるように前に進むもんだからおれもそれについていくことしか出来なかった。
「お疲れ、ここが控え室だ」
控え室と書かれた看板がぶら下がっている突き当たりのドアまで、かなりの距離があった。多分緊張のせいで余計長く感じたのだろうけど、それでも長いものは長かった。
「開けるぞ、準備はいいな?」
「おう!かかって来いや!」
控え室開けるだけなのにかかってくるものは何もないとは思うけど、これは俺なりの発破だ。立て付けの悪そうな扉は、思ったよりも大きな音をたてて開く。希望の後ろからそっと覗くと、思ったよりも大きな部屋が広がっている。個人の使う楽屋というより、大人数が同じ場所で待つ感じの、衣装室の印象だ。
そして何よりも俺の目に止まったのは、俺たち2人を穴開くぞというくらいに見つめている出演者達だ。一昔前の新体操選手のように露出を極めた服を着た男、清楚な上半身と対をなす現実世界で言うとミニスカートに該当するような布を巻いて絶対領域確保している男、そしてあれは……メイド服か、さすが兄弟世界なだけあってこっちでもメイドは大人気なようだ。
「失礼します」
「お疲れ様です……」
ガンを飛ばされてるわけじゃないけど、そんなふうに見られたら勢いも無くなってしまうというものだ。なんか怖いから希望の後ろに隠れるようにしよう、そうしよう。
それにしても男しかいないとはいえ踊り子って、細身で小柄な感じの美少年が多いもんだと思っていたけど、案外そうでもないようだ。180はあるだろう長身細身の踊り子もいたし、筋肉がすごい子もいた。つまりは短い話175㎝でしかも隠れ微マッチョな俺が目立たないって事だ。よく考えれば踊り子なんて体力勝負だし当然っちゃ当然か。
「おいアンタ……」
何とか話さずに掻い潜る方法を考えていると、早くもそれが無に消した。見るからに自分より年上の、筋肉がすごい踊り子に話しかけられたら、普通恐れ慄くと思う。まさかそんな怖いやつにいの一番に話しかけられるなんざ考えてもなかったもんで、返事はしたけど挙動不審は免れなかった。
「すいません、梓は新人なもんで……」
「ああ。例の王国の秘蔵っ子だろ。ほらこれやるから頑張れ」
プロデューサーもといマネージャー設定の希望がフォローに回ろうとしてくれている。あいつ目線から見れば自分よりも大きいはずなのに、感謝しかない。しかし、思ったよりも険悪な空気にはならなかった。こんな異世界から来た新人がショーに出るとかふざけてんのかと、王族のみなさんの代わりに殴られる覚悟だったのに。
自らをデュリオ・ルティーニと名乗る彼は、俺より露出の少ない厚手の布を体に巻いたような服とは呼べない何かを着こなしている。一番怖いのがそれよりも露出の多い今自分がきている服だがな。希望よりも俺に近づくことはなく、そっと水を差し出してくれた。透明なガラス瓶のようなものに入った水は、濁り一つない。
「あ、ありがとうございます」
遠慮しがちに受け取ると気を良くしたみたいで、俺の背中をバンバンと叩いてきた、痛い。希望は目が点になっていた。これはアレだな、守りたいけど敵か否か判別がつかないって感じの顔だぜ。大丈夫だ、俺もわからん。
「何だ何だよ、秘蔵っ子なんていうもんだからとんでもないお坊ちゃんかと警戒していたが……そうでもないみたいだな!」
す、すごい。俺ほどじゃないにしろ、そんなに露出の激しい服を着ながらもなんて堂々とした立ち振る舞い。これに関しては尊敬しなくては。するとデュリオさんをきっかけに、俺をずっと見つめていた周りの踊り子達も集まってきた。
「君どこの国出身?どうして踊り子に?」
「というより肌すべすべ!」
「本当だな、ふわふわもっちもちじゃあねか!」
「いいな〜色白だし傷もついていない。髪もサラサラだ……」
まさか踊り子間でも質問責め&誉め殺しを喰らうとは。希望も危険なことはないと判断したのか、遠巻きに俺や他の踊り子達のことを見ていた。どうやらデュリオさんはここら辺の踊り子のリーダー的存在らしく、俺とデュリオさんが仲良くなったと判断して話しかけたようだ。
「どこの乳液?どんな化粧水使ったらこんな理想的な肌になるんだよ?」
「僕も知りたい!ついでに言うとリンスやトリートメント、ヘアオイルも教えて!」
「秘蔵っ子だしやっぱ王宮証のいいやつ使ってんの?いいな〜」
女子かよ。いいやみられるのが仕事だから気にして当然なのか。でも俺は人生でそんな話したことないから、多分埴輪みたいな顔になってること間違いなしだ。女子会に連れられた男の気持ちが今ようやく理解できた。
俺の肌だの髪だのは、転移特典で手に入ったから、秘訣も何もない。寧ろなにもケアらしい事はしていない。転移とかは混乱させてしまうから伏せさせてもらったが、ケアをしていないと言うと、まるでこの世の地獄のように叫んで、俺は直ちに化粧台に連れて行かれた。
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