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第56話 最後の関所

思ったよりも広いドームの裏を歩く。俺たちの足音以外の音がしないなか、他のクラスメイトに想いを馳せたり、どれぐらいのお客さんがいるのだろうと予想したり、なんとか頭の中に考え事を作っていた。そうしなきゃ不安になるし、余計なこと考えてしまいそうだから。 「……なあ梓ってさ」 「はいなんでしょう!」 沈黙を貫いてきた希望が突然口を開いた。俺の2、3歩先を歩いていて表情もわからないからちょっと怖い。俺の急な敬語のせいで言葉が繋げなくなっているようで申し訳ない。でもすぐに落ち着きを取り戻したようで、何もなかったように会話を再開する。 「梓って、本当に仁のことが好きなのか?」 表情はわからないが、声色は暗かった。喉を雑巾みたいに絞って出したような声だ、本当は答えを知りたくないのに仕方なく聞いてるって感じの声だ。同情はする、罪悪感も感じる。だがなんと言われようと、仁が好きなんだなと思う自分がいることは確かだった。 少なくとも今希望や喜助に告白されても、断ってしまう、それは確信できてしまう。現実世界にいる時は思ってもみなかった、モテモテってこんなに辛いものなんだな。口籠ってしまうのは希望のためなのか、それとも我が身が可愛いからなのか、それはわからなかった。 「答えないんだ?」 「……ごめん」 ただ目を逸らすことしかできない。希望は何か悔しそうな、俺と同じくどうにもできない感情を持て余しているような気がした。なんだっけな、男を貶めるぐらい魅力のある人って確か、ファムファタールだっけか?それは女の人だけの呼び方だっけ?まあいい。自意識過剰かもしれないが、俺はひょっとしたら男版ファムファタールなのかもと不意に思ってみたりした。 今でも不意に信じられない時がある。目の前の同性が自分に恋をしていると言うのは慣れる気がしない。それどころか何十ものクラスメイトに恋をされていると言う事実に対して、いつまで経っても俺の心は疑心暗鬼となっている。 「俺は、いや俺も、梓が好きだ」 突然の告白。本日2度目だが、思ったよりも余裕になれない。希望に目を向けると、見たこともない欲に染まった目で俺のことを見つめていた。やめろよ、そんな顔するタイプじゃないだろ。さっきまではなんともない友達だったのに、差がありすぎてギャップ云々より驚きが先行してしまう。 身体がドクンと脈打つ、芯がぶるりと震える。そうだ、忘れかけていたこの感覚を思い出した。熱視線を浴びると身体が熱くなることなんざとっくの昔に分かってるのに、たった一人でもこんなふうになってしまうのか。発情体質とかそう言う次元ではない淫乱な自分に唖然とした。 「俺一人に見られただけでこんな風になるのに、これで知らない人の前に立つつもりなんだ」 「そ、それは……」 返す言葉がない。仁や暁彦はまだ優しかったんだ、こうやって実践されたらぐうの字も出ない。 「大丈夫、流石に手は出さないから。でもさ、普通の男の人なら出しちゃうと思う。何というか……梓は可愛いし、エロいし」 返す言葉が思いつかない、反論の余地がない、何から何まで正論すぎてぐうの字どころかパーもチョキも出ない。熱に勝てずにへなへなと倒れてしまった俺に、優しく手を差し伸ばしてくれた。何も考えず縋り付くように掴み取ると、想像より2、3倍強い力で引き上げられた。やっぱ俺以外の奴らはみんな転移特典みたいなので強くなってんのかな。 「覚悟しといた方がいい。梓はこれから、手を出してくるかもしれない人たちの目の前で踊るんだ。それでも行くの?」 直感でわかった 断りたい今しかない。これは希望なりの最後の問いかけってやつなんだ。……ありがとう、でも俺はいける。身体の問題ではない。グルーデンで、ここで踊ることが、ベルトルトさんやリーさん、チルトさんにとって少しだけの恩返しになれるんだ。だから踊らせてほしい。 「……目がマジじゃん」 「さっきの希望ほどじゃないぜ」 「え?俺そんな怖かった?」 発情を無理矢理振り払う。何でもないふりをしていれば少しずつ、毒気が流れるように無くなっていく、だんだんわかり始めてきたことだ。俺の目に本気を感じたらしい。希望にこれ以上の詮索をされることは無かった。しかし、 「お前が好きってのは嘘じゃないから」 そう言って頰にキスをされた時は、発情がぶり返しそうだった。

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