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第55話 フラグ乱立

さっきまでの涙はどこへやら、暁彦は少し経つと何もなかったようにけろっとした顔になった。メンタルゴリラかよ、いやここは素直に暁彦の強さを讃えよう。 「急ごうぜ、みんなが待ってる」 涙の跡が残っていないか気にしながら、俺の手を引いてくれた。よく見れば目元が赤くなっているが、明るい笑顔の前には気にすることはないだろう。そんな暁彦を見ていると思う、俺も覚悟を決めなきゃなって。 「よし!笑顔だな、踊ってきてやるよ!」 「そうそうその意気!どうせなら楽しもうぜ、俺たちも見てるから安心しな!」 俺が不安な顔をしたりしんみりしちゃ駄目なんだってわかった。そのままの勢いで2人で元気よくドアを開けた。もともとそんな力強く扱われることを想定していない上に、男2人で開けてしまった馬車に着いている小さな扉は、ガチャではなくガバって音がした。 「うわビックリした!」 「今ありえない音しなかった?」 「二人とも大丈夫か」 慌てて扉をみたが、壊れてはいない。なかなか年季が入っているように見えたが、それが逆に「この程度では壊れませんこと」と言った感じのベテラン感を引き立てている。 視野を広めて今自分がいる場所を確かめた。地面は普通の石畳に遠くには煉瓦造りの住宅街が見える。だがちょうど隣には、サーカスのような、いや現実世界のよりも少し色合いは上品だが、とにかくサーカスドームが圧倒的な存在感を放つ。馬車の中だと気付かなかったが、近くから喧騒だけではなく波の音が聞こえる。それに追随するように潮風の匂いが鼻を揺らした。 「ここどこだよ、海の近くだよな?」 辿り着いた結論としてはここどこだよだった。よくよく考えてみれば異世界に来てまだ一週間も経ってないし、グルーデンを満足に回れていないから分からなくて当然だ。あたりを警戒しながら、仁のところまで早歩きした。近くには喜助や総司もいて、安心感が半端ない。まあ総司には一枚羽織らせてくれた後、外で無防備だぞと言われた。 「ここは城から少し離れた港町だ。向こうには港と海が両方ある。そしてこのドームが、これから梓がショーをする舞台だ」 仁にまたもや後ろからもたれるように抱きしめられる中、喜助が教えてくれた。かなり遠くまで来たんだな、あの大きなお城を見つけるのがやっとだった。 「……やっぱいくのか?あんな親父どもの前まで踊る気かよ」 「大丈夫だって。発情しても逃げ切れる……と思う」 「やっぱ駄目だ」 俺より仁の方が焦ってる。すごく有難いしけれど、俺も覚悟を決めているから。もう大丈夫だと虚勢を張れるぐらいには勇気を手に入れたから。俺にへばりついて離れようとしない仁は手に負えないと判断されたのだろう、今現在数人がかりで引き剥がさんとされている。 「いざと言うときは逃げるでも隠れるでもできるぜ。それにいざって時は助けてくれるんだろ?」 「当たり前だ。恋人に手ェ出されてみろ、叩き斬るぞ」 「一般人には手を出すなよ」 ギラギラした瞳で懐の刀を持つ仁に一抹の不安を感じつつ、腹を括っていざドームへ乗り込もうとした。しかしショーに出ることに一生懸命で、どこが入り口なのか分からない。 「梓、俺が案内してやるよ。踊り子には控え室があるらしいぞ」 俺の様子を見かねたのか、希望からの手助けが来た。どうやらこのドームには細工が施されているとのことだ。多分ベルトルトさんかリーさんに教えられたのであろう、受け売り感満載の言い方をしながら、俺と共にドームの近くへ来た。ここは一般客が入る入り口と真反対に当たる場所だ、当たり前だが人はいないし、一見何もないように見える。 「ようく見とけ、確かここら辺に仕掛けがあってな」 慣れてない手つきでドームの側面をトントンしてる。何か隠し扉みたいなのがあるんかな、でもそんないきなりペラって捲られは…… ペラッ 「ほら空いたぜ」 ……ごめんなんて言っていいのか分からない。こう言うの2コマ漫画っていうんだろうな。そんなわけなと思った次の瞬間、もっと言えば1秒後にぺラッと開いた。そんな俺を横目に、周りのテンションが上がっているようだ。 「すげー!忍者屋敷みたいだな」 「なんでこんなの作ってんだ」 「踊り子と客が一緒の入り口から入ったら変だろう」 恐らく踊り子やショーの設備を整える裏方の人用の入り口ってやつなのか。確かにこれなら、いきなり客とばったり会うこともなくて安心だな。深呼吸していざ参らんとすると、さっきまでドヤ顔をしていた希望がぴしゃりと言った。 「そういえば梓、ここからは俺しか着いていけないからな」 突然すぎる新情報に、さっきの深呼吸が意味を失ってしまった。 「まあ厳密にいえば、俺は梓のプロデューサー兼マネージャーとしていることが許可されたんだ」 「商人って便利なのな」 「魔法組と狙撃組はあらかじめ船に乗って、遠隔で見守るらしい」 「ガチじゃん」 占星術師の喜助や魔法使いたちはここで一旦別れるのか……まあ近距離の奴らは頼りになるし、問題はないな。 「忍者や盗賊、吟遊詩人なんかは気配遮断で舞台裏、近距離の奴らはボディーガードって言う感じだ」 驚いた。いつの間にそんなん決まってたんだ。ここまでくると頼もしいを極めている気がする。ああもう何やっても大丈夫だ。なんかテロだの魔物襲来だのない限り平気な気がしてきた。 後で考えるとフラグ乱立なことを考えながら、希望とドームに入る。怖くて腕を組んだら恥ずかしいと言われたことは、少しだった後だった。

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