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第55話 39人の恋敵

俺達らしからぬ模範的な恋人のようなイチャイチャを繰り返すうちに、馬車が止まった。スピードを少しずつ落として止まったそこは、不思議と喧騒が聞こえない静かな所だった。外はどうなっているのだろう。 「2人とも待たせたな、到着したぜ」 外界へ繋ぐ唯一の出入り口がガチャリと開いたら、よく知る顔がいた。高林暁彦、所謂陽キャだ。浅野奏と高林暁彦、そして夢野幸一で陽キャトリオ。大河達がいるオタク3人組とは色んな意味で真逆な奴らだな。 そんな住む世界の違うクラスのパーリーピーポーの一人である暁彦、確か職場《クラス》は騎手だったか。ま、まさか…… 「さすが王国の馬なだけ合ってちゃんと訓練されてるもんだな、毛並みもいいし動かしやすいのなんのって!」 察した。本人は何も言ってないけどわかった。そうかそうか申し訳ない、すまん暁彦。お前は真面目に馬車で運んでくれてたのに、俺たちと来たら人目につかないことをいいことにイチャイチャしてた。流石にそれをいうのは気が引けた、正直でいたいと言う前に、俺は我が身が可愛いからな。 「ここは客の目につかない裏側だし、周りには俺たちしかいないから怖がらなくてもって何でお前ら引っ付いてんの」 言われて気がついた。俺たちまだ抱き合ったまんまだった。急に馬車が止まるし、さらにいきなり暁彦が来るもんだから、すっかり身の回りに関して無防備だった。こんな所を見られるのは、昨晩の健吾と明程ではないが恥ずかしい。元に戻ろうとしたが、仁の手は頑なに俺の腰に手を回して離れようとれない。どしたんだよ、何も今すぐ離れろとは言わない、せめて抱き合ってるのは何とかしたい。 「どうせなら浮気されないように見せびらかそうかと」 必死か。思い起こせば確かに高松に調教されたし、リーさんともあらぬことをしてしまった、希望に関しては未遂以下だが反論材料がない。俺に突っ込む権利はないのかも。でも見方を変えたら守ってくれてるってことだし、白兵能力のない俺にとってはそばにいるだけで頼りになる存在だ。ショーが始まる直前まではこのままでもいいかもしれない。 「……なあ真田。ちょっとだけでいいから梓貸してくれよ」 なんで今になってそないな事を言う?今日の仁は周りに対しての警戒心が6割ぐらい増している。俺を抱くその手は優しいけれど、周りにはいつもよりもずっと手厳しい。まあ手短に言ったらこうだ、殴られるぞ。しかし俺の予想とは真反対に、仁は冷静そのものだった。 「……いいぜ、五分だ」 想像より大人の対応だ、ムスカより2分も長く待ってくれてる。不思議で仕方がなかったが、暁彦の顔を見て納得した。 まるでとてつもなく思い詰めたような、遺言でも届かんのかってぐらい切羽詰まった顔だった。いやらしい事を微塵も考えてなさそうな真剣な表情、それを無下にするほど仁は酷いやつではない。俺の頭を撫でて一足先にと馬車から出て行った、ご丁寧にドアまで閉めて。2人っきりになってしまった、何故か仁といる時よりも緊張する。これはなんだ、慣れか、そうか。 「ごめん、怖がらせるつもりはなかった」 2人になってすぐ。俺よりも小柄な、多分希望よりも少し小さいだろう暁彦に頭を下げられた。お前は悪くないと言いつつも、思った以上に紳士なやつなんだなと感心した。陽キャには偏見しかない俺だが、暁彦みたいなやつは信頼できるなと安心できる。 「いきなりで悪いけど……俺、梓が好きだ」 そんな話な気はしてたし、仁や高松と違って流れがハイペースじゃないから、心の準備ができていた。寧ろ告白された俺よりした側の暁彦の方が余裕がないようで、恥ずかしい目にあったタコぐらい顔を真っ赤にしている。 「でも、もう真田と付き合ってんだな」 真っ赤になったと思えば青白くなって、でも目元や鼻が赤くなっている。文字通り顔の色、顔色がコロコロと変わっていくのは、誰が考えても俺のせいだ。仁と俺は付き合ってる。側から見てもそう思うのかよ、ここまでしたら半分はあってるのかもしれないけど。 「他の奴らは諦めずに仁と戦ってるけど、俺は勝てる気がしねえよ。39人の恋敵なんて初めてだから……」 少しずつ声が小さくなる様子は見ていられない。 「俺は、仁と梓の仲を応援してるから、そのえっと……幸せにな……」 話している途中に愚図ついてしまった暁彦を抱きしめてしまった。これは慰めの意だ、仁もきっと許してくれる。 「ポールダンス頑張れよ、応援してる」 「ああ、頑張る」 「危なくなったらすぐに助けるからな。クラスメイトは全員お前の味方だ」 「頼もしいよ」 「……愛してる、大好きだ。やっぱ諦めたくねえよ」 「うん。ありがとう」 俺より小さな体で泣き崩れる暁彦の背中をさすると、吸い込まれるように俺に抱きついた。ああ、喜助と同じだ。こいつも初恋だったんだろうな。 悪いが、はっきり言って俺の心は仁に向いている。本当のことを言った方がこいつのためなことはわかっている。だが、涙を流しながら俺に縋る様を見ていると、自分で認めるこのノミの心臓を持った俺は、何も言えなくなってしまうんだ。俺ってこんな女々しいやつだったんだな、暁彦が可哀想、それが俺の本心だ。 「……俺、舞台裏で見てるから。梓の頑張りを」 「ああ、下手だったらごめんな」 「大丈夫。絶対可愛いよ」 涙が落ち着いたと思ったらそんな口説き文句を言ってくる暁彦は、どうやら相当タフなやつのようだ。そして一人の男の強い意志を間近で見た俺の心も、さっきとはほんの少しだけ強くなったような気がした。

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