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第60話 降臨

これが本当の視姦というやつだ。見られて恥ずかしいみたいな所謂羞恥プレイの次元じゃない、まさしく犯すという感覚そのもの。見られるだけで触られているような気分になり、目線一つ一つに快楽を覚える。気持ちいい。割と思ってたけど、俺の身体は発情体質以外にも何か秘密があるのでは……? 「すげぇな……」 「アズサちゃんだっけ?本当に逸材だ、すぐにでも世界取れるぞ」 観客達は次第に見ることに夢中になって、歓声がなくなっていく。食い入るように俺の痴態を見てくる、まるでそれが神聖かのような真剣な顔で。これ以上続けると絶対おかしくなる、戻れないとこまで来てんのに更に先に行ってしまう。 ふと、ステージ特等席にいる男の人が目に入った。ちょうどステージを跨いで自分の目の前にいるその人は、その人の下半身は、確かに勃起していた。俺にそんな魅了があるのかはあいも変わらずわからないが、高松に教えられた俺のいやらしい目や、化粧台から見た俺の快楽に染まった顔を思い出す。今自分はそんな顔をしているのだとすれば、確かにエロいのかもしれない。 「ふ……んう、はう〜……」 吐息が漏れる。やばい、熱くてムズムズして寂しくなってきた。誰でもいいから俺に触って欲しい、感じる場所をたくさんいじめて欲しい。いいやそれだけじゃない。俺の身体の奥に、気持ちいいところをたくさんついて欲しい。あれ、俺こんなド変態なんだっけ。見ず知らずの男に突かれるところ想像するとか…… 気がつくと、辺りは拍手の海。発情そして淫乱な自分と格闘するうちにも、身体は一人でに踊って、気がつけばもう終わっていたようだ。スポットライトのおかげで冷たく無くなっている床は、なぜかものすごく久しぶりに思えた。 「ブラボー!」 「可愛かったよ!」 周りの賛美の声を聞いて、嗚呼自分は耐えたのだと、無事にやるべきことを成したのだと心の底からの安堵が湧き上がった。しかし無常というべきか必然というべきか、試練はこれからだった。 「アズサちゃん、こっちこっち!」 「お待ちかねのチップだぜ!」 しまった。これは完璧に俺の失態だ、チップの存在を忘れていた。踊り子へのお礼や評価の意味で服にねじ込まれるらしいそのチップは、本来踊り子の近くにいる運のいい観客の特権らしい。他のお客は帰り際にチップを入れるボックスのようなものに入れるルールなんだ、まあ半分以上はデュリオさんや踊り子達に今日教えられた話したけど。 「……俺我慢できねえ」 「せめて近づくぐらいは……」 しかし今回に限ってはそれで済む話ではないよう。前の客はまだいいが、後ろの客もジリジリ近づいてくる。ショーステージの舞台なんてもろともせずに、まるで津波のように押し寄せてくる男、男、そして溢れんばかりの欲の山。 「や、やぁ……痛!」 恐れ慄いて後ろに行こうにも、許容をとうに超えた欲の塊、もとい欲の目のせいで、俺の体は限界だった。足腰に力が入らず崩れるように尻もちをついてしまう。痛い。ゾクゾクとする身体を持て余している俺は、怯えながら男達を見ることしかできなかった。 「白くて綺麗な身体にはチップがよく似合うんだよ!」 「すげえな、本当にいやらしくて……抱かれるための身体って感じだ」 チップが胸元に、下半身に、どんどんとねじ込まれていく。耳によって感じ取れるのは混沌とした客の声と、見られて少し触られただけで天に登るような喘ぎ声を出す自分のみ。無意識に腰を振っていたらしく、優しく指摘されながら尻を掴まれた時は、もう気持ち良すぎて本気で気を失うかと思った。 「梓!大丈夫か?」 「早く観客を止めないと……」 「オラクソ親父ども、絞めんぞ!そのまま干して干物にすんぞ、出汁とってやらぁ!」 見ず知らずの男に欲情されて襲われそうになる、初めての事にも程があって気が付けば情けなく涙が流れていた。すると奥から、横から、天井から、クラスメイト達が雨霰と降ってきた。観客達を落ち着かせたり、仁なんかは真っ向から俺のところへ向かってくれている様に、心の底からの安心を覚えた。 安心と身体の発情、そしてシンプルな身体の疲労のトリプルパンチで、俺は頭が馬鹿になったように無我夢中で仁に手を伸ばしていた。仁も手を伸ばす俺に気づいてくれたようで、今にでも俺の手を握ってくれる…… と思っていた。なんだか妙な寒気を覚えた。 「可愛いね、お前を妃にしてやろう」 部屋が真っ暗になる。怖い、仁の名前を呼ぼうと声を出そうとするも、何者かに口を塞がれた。さっき引っ込みかけていた涙がまた湧き水のような瞳から出る。誰なんだ、お前は一体誰なんだ!? 「我が愛しき妃、どうか我以外の名を言わないでくれ。怖がらないで、力を抜いて」 なんだこいつ、この男の肌はまるで死人のように冷たくて、声は聞くだけで頭がぼーっとする。怖がらなとの話だが、それは不可能といつものだろう。 「……この我が何者かって?」 こいつ俺の心を読んだのか?深まる謎、うっすらと見える手を伸ばす仁。なんとかつかもうと手を伸ばすも遅し、後ろで俺の口を塞ぎながら抱きしめている怪しい男に絡め取られるように遮られてしまった。そして最後にこの言葉、 「初めまして、我は魔王、魔王ベル。そして今日からこの魔王ベルが、君の主人にして伴侶だ」 まるで光を吸い込むブラックホールのような深い闇包まれて、オレの意識はこときれた。

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