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第66話 これからも、多分なんとかなる

「おい梓、舌噛むなよ」 仁に高い位置で抱っこされて少し怖い。175㎝で決して軽くない男を胸元まで持ち上げられるこもそうだし、なにより下半身だけ支えられて、後ろに回っている手以外上半身が割とフリー、俗に言う縦抱っこと呼ばれる形態になってしまっているのも初めての経験で、ついつい仁の首に手を回してしまった。 「な、何をしようと……」 「んー……今回ばかりは仁の言う通りにしたほうがいいかもな」 「心配すんなよ、多分楽しいから。多分。」 意図が分からず焦っている俺とは対照的に、テキパキと何か支度をしている周りと、平然とした顔の仁に困惑せざるおえない。外ではすっかり獣みたいになった男の人がたくさん徘徊している、なのになんでこんなに余裕そうなんだと一人怖がっていた。 「よしいくぞ。大丈夫だ、俺はもう罪のない人は絶対に傷つけないから」 「仁、見つけたよ!あそこにしよう!」 俺の背中に回してある手の力が、少し強くなった気がした。まもなく健吾が舞台裏で風の音が聞こえる場所を見つける。少し上の小さなバルコニーのような空間だ……やばい、何しようとしてんのか分かった気がする。 「なあ仁やめようや」 「いやこれしかない、どう考えてもこの方法しかない」 「俺と考えてやるから別の方法を探そう」 断固拒否したが、俺は今現在体の自由が効かない、よって大きな意味はない。まさかこんなことまでしてしまうのか……と昔からたまに顔を見せる自らの悪運の強さを恨んだ。強化されている体では、両手が繋がっていない状態でも壁キックで普通にバルコニーまでいけるようだ。そしてついに、 「よし、これから飛ぶぜ!」 俺たちは魔境と化した外へ繰り出した、空を飛ぶように。陸路が駄目なら空路だろ、と安直だが普通の街の人は対処出来ない良い案だ。もう叫ぶことはできない、ただ振り落とされないように目を固くつぶって仁に縋り付くだけだった。 屋根から屋根へ飛ぶようにして船を目指してるのは一見かっこいいが、俺からしてみれば恐怖でしかない。少なくとも、その時の俺にとっては。 「おい、外見てみろよ」 「めちゃくちゃ綺麗だぞ!」 仁の後をついていくみんなから、そんな言葉を受け取る。見たいか見たくないかと言われれば見たい方が若干勝つが、それをへし折るぐらいの恐怖が根付いてしまっている。 「なあ梓。俺は絶対に離さないから、守ってみせるから、目を開けても大丈夫だ」 優しい優しい声が聞こえた、すっかり俺が身も心も虜になってしまったその人の声だ。その人にこうして抱っこされてるだけでも幸せだなって思えるぐらいには、すっかり絆されているのだから呆れてしまう。恐る恐る、怖がっているのがバレバレだろうけども、目を開けた。最初はうっすらとだったが、景色を視界に捉えたら、自然と目が大きく開いた。 「どうだ、これが夜のグルーデン in the 空ってやつだぜ」 「せめてskyにしろや」 「うっせーとっさに出なかったんだよ」 どうでもいい会話をしているところ申し訳ないが、俺は今猛烈に感動している。外には人生で一度も見たことがないぐらいの満点の星空。やはり空気がいいのだろうか、天の川まで見えるまさに圧巻。空と違って光源がないからか真っ黒な海ともマッチして見える。ああ、夜のグルーデンで一番光っているのは星なんだな。 風が心地いい、気休め程度の仁の上着のみと言う露出狂も真っ青な超絶軽装備なのだが、それでも全く寒さを感じない温暖かつ控えめな風だ。声に出しておお、と言ってみると、壮大な海と空に優しく溶かされていく。仁のおかげなのか、全くバランスが悪くない、気分はまるで某D社のプリンセスだ。 「上もいいけど下も見てみろよ。全員口開けてんぞ」 下はちょっと怖いな。そうは思ったが、一度昂った心と好奇心を抑えることは叶わず、自然と顔が恐る恐るゆっくりと下を見ていた。 したは港町や市場の光が目に入った。船のある港まで屋根伝いに横断してる俺たちを見て、俺に魅了された人はもちろんのこと、それを知らない市場の一般人も目を丸くしていた。こんな姿を見られるの恥ずかしいが、それでも俺は確かにワクワクしていた。これはきっとあれだ、初めてのスリルに自分は心踊っているのだろう。 「そろそろ船だぜ!ちょっと俺踏ん張るな」 「ん?何をって!?」 船はもう目と鼻の先、もう移動するような屋根のないからか、地面に着地するようだ。俺は別に何もしないと言うか出来ないけど、それでも衝撃に備えて仁の方へ体を寄せた。しばらくして両の足と地面がぶつかる音がした。大丈夫か、そっと仁に視線を映した。 「あ、足の裏がジワジワと……」 「なんかごめん」 流石に二人分の体重を無痛で凌ぐのは不可能だったようだ。罪悪感を覚える中、周りは平気な顔して着地をしている。いいなぁ俺もそれぐらいできる力が欲しかったな。 「大丈夫か仁、早く出港するぞ!」 船の上から聞こえたのは喜助の声。梯子を使って次々と船に乗っていくクラスメイト、しかしそんな中俺は仁とゆっくり登っていた。 「も、もう大丈夫だから……」 「いいやお前は俺に守られてろ」 そんな話をしながら、夜空を跨いだ逃避行は終了、俺達はグルーデンを後にする事となった。あんなに早くに魔王と顔合わせするとは思っていなかったが、まあそれはそれ、なんだかんだうまくいくだろう。そんなもんだ、多分な。

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