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第65話 仁に会いたかったのは内緒

10分後の話をしよう。小部屋から引き摺り出された俺は何も出来ずに座っていた。無いよりかはマシと、全裸の体にかけられている仁の上着の匂いは自然と安心した。目の前にはさっき魔王と対峙していた明ですら比べ物にならないぐらいの鬼のような形相で腕を組んでいる仁、そしてそんな仁に事情を一から百まで丁寧に教えている明だ。 周りには少し息切れしている物理職業のクラスメイトが囲んで、本当に戦っていたんだなと一人思った。俺もある意味では闘いだったけどやっぱりみんなの方が大変に決まっている、疲れた顔はしていられないとせめて表情だけはしっかり決めた。 「……つまり梓はレイプされたんか」 「まあ平たく言えばそうだな」 次の瞬間1日ぶりに仁の拳がとんだ。あんな筋肉ある腕に殴られるなんて想像することも嫌だら慣れることなんてできないまま、顔を背け目を瞑ってしまった。しかし標的は俺や明ではなく、またクラスメイト達でもなかった。恐る恐る目を開ける時間は、やけに長く感じる。 仁の拳は誰にも届かず、いや届くつもりもないように、木製の床に衝撃を与えるだけに終わった。 「あんのクソ野郎が! ぶん殴ってやる!」 もはや憎悪とも取れるようなその怒号は、魔王にこそ聞こえないかもしれないが、俺達の鼓膜と心には十分すぎるほどに響いた。人生でそれなりに他人と交流はしてきた方だが、こんなにも自分のために怒ってくれる人というのは、なんだかんだ初めてだ。嬉しいような、それでも少し落ち着かない。 魔王も仁に嫉妬して、更にはライバル扱いしていたと話せば喜ぶだろうか、それとも怒りを増長させるだけだろうか、俺にはもう何もわからない。 「ごめん梓、俺はお前を守れなかった……婚約者失格だ」 「だ、大丈夫。ちゃんとこうして助けてくれたじゃないか!」 「……今度あいつ来たら絞めてやる、鼻と口塞いで絞めてやる」 「こえーよ。あとお前の中で自らの手は何本ある設定なんだ」 想像以上にダメージを負っている仁の背中をそっとさすった。あれいつの間にお前ら結婚の約束したん?、と顔に書いている周りをほったらかしにして、ボケツッコミを繰り返した。これで気分が紛れるなら安いもんだ。 「飯食うか? 船で美味い飯作ってるかも」 「食わない」 「笑い話しようか? 俺が4歳の頃自転車の練習でありえないこけ方した話なんだけど」 「面白そうだけど今はいい」 「……じゃあ俺を抱っこする?」 「する」 「おい」 珍しく弱々しいからと同情した自分が愚かだった。少しだけの隙を逃さず音速と互角レベルのスピードで、決して軽くないはずの俺は最も簡単に抱っこされた。あぐら座りをしているまま、平気な顔でお姫様だっこ出来る筋力が俺にも欲しかった。あれば魔王と対等に……いや無理だな、やりあえるビジョンが思い浮かばない。 「そのまま抱きたい、勃起した」 「それダメ、今はダメ」 「……今はだと?」 しまった言葉を間違えた、言質を取られるの意味を身をもって理解した。自分に欲情して目がギラギラしてる男を見るのは、言ってしまえばもう慣れたが、クラスメイトが見てる中で盛ってるのはもうアウトだろ、つくづく第一印象と違うことをするやつだ。 「いい加減にしろ、魔王と同類の強姦魔」 「みんな興奮してんだからそんくらい我慢しろや」 「あといつ婚約したし」 俺より先に周りが抗議し始める。強姦魔では無い上みんな興奮してんだからの下りまではなんとかついていけた。しかし婚約については反論できねえ、なんか成り行きで約束したからな。 相変わらず中学生みたいに中指立てて完成している仁と、それになっている煽り耐性0の総司を見ながらふと考えた。早く船に行かないと、魔法組が待っているだろう。いやその前にベルトルトさん達へ挨拶か? それとも迷惑かけたグルーデンの国民への謝罪が先か? どっちなのだろう。丁度目線の先にいた高松の服を引っ張らながら呼び止めた。 「あー……そのあれだ、どれでも無いな」 高松にしては珍しく、ばつの悪そうな返しに不安になる、俺にはまだ罪状が残っているのかもしれない。ひょっとしてあれを言うときなのかもしれない。転移チート特有の、「あれまた俺なんかやっちゃいましたか?」を言うのは今なのか? 「実はお前が魔王に連れ去られた後、ステージに魔物が湧き出してな。勇者が何人もいるし魔物なんて大したことなかったけど……」 スラスラと説明していた高松は、これから少しずつ調子が悪くなり始めた。 「観客はまだ魅了が解けていないみたいで、魔物よりもタチの悪い解放軍みたくなってんだ……」 「は?」 「今ステージどころか街も徘徊してる」 それはシンプルに怖い。思わず仁にしがみついた。もしも捕まったらまだチップ地獄になって最悪体触られたり輪姦されたりすんのか……考えただけで身震いした。 「あ? どうした梓」 俺が体重をかけているのに気がついたのか、仁はこちらにようやく目を向けた。さっき教えてもらった驚愕の真実を教えてもらいながら、体の震えを隠さずに訴えた。 しかし仁はなんだそんなことかみたいな、さっき俺が強姦された事に関して本気で怒っていた奴とは思えないぐらいの、こいつから最も遠い言葉であるはずの沈着冷静さを保っていた。そこにあるのは余裕100%だと知るのは、そう時間がかからなかった。

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