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第64話 既視感

永遠のような刹那が流れた。今俺は全裸、しかも汗で肌がじっとりと濡れている上に、身体中が赤くなるほどに体温が高い。助けてくれた相手に、抱かれたてホヤホヤだとすぐにわかるこの姿を見られてなお、平気な顔して話しかけられるほど俺は図太くもなければ恥知らずでもない。 ただ俺は俯いた。早くこの沈黙よ無くなってくれと他力本願な心構えで黙り続ける。明の顔は当たり前に見えなかったが、軽蔑されていないなら万々歳だ。 「梓、怪我はないか?魔王に何か……はされてるな」 しかし明は俺の容体を見てことの顛末を察してくれたようで、ただ俺に手を差し伸べるだけだった。もうイかされまくって意識がボーッとしている、出来ることなら早く寝たい。ふかふかの布団と温かい毛布で眠りたい、欲をいえばその前に風呂入りたい、出来ることなら仁に会いたい。 安心感からか、今まで知らんぷりしていた疲れがどっと降ってきた。頭が馬鹿になりそうだ、実際俺が考えているのは仁がどこにいるのか、身体が熱くてたまらないとか兎にも角にも恥ずかしいことだった。 「……なあ明」 「どしたん」 「仁、どこ?」 「あ?」 保険のために言っておくが、俺に悪意なんてものは1ミリもない。差し出された手を握ることが精一杯で、自分の発言に責任が持てるような精神状態ではなかったのだ。仁に会いたい、大丈夫なのか怪我はないのか、俺は耐えたのだから褒めて欲しい。仁に対する思いが蓄積した結果、自然と出た言葉がそれだった。 「助けたのは俺だぞ、そんな時に別の男の名前言うことはねぇだろうが……」 「仁、じんどこ……?」 「聞けよ」 多分正気に戻ったら暫く明と目を合わせて話せないと思うほどのことを言い続けた。怒らせて当然のことをしてしまったという自覚ができたのは、はっきり言って今ではない、これのすぐ後だった。 惚けた顔でキョロキョロと初恋の相手を探している俺の腰を抱いた。どうしたのと能天気なことをほざいている俺の口を塞ぐように口づけを……は? 「ン!?」 「……ごめん、でも少しでいいから俺の気持ちになってくれ」 ふんわりした、それはそれは優しいキスだった。舌を入れられることもなけく、ただ俺を愛おしむような、子供の悪戯のような行為だった。紳士と自称しただけのことはあって、痛みなどはなにも感じなかった。 「せっかくお前のこと助けたんだ、ちょっとぐらいお礼が欲しいなー」 「ふぇ……?」 魔王ですらあまり弄らなかった自分の急所が快感に晒された。その懐かしいとも言えてしまうぐらいの刺激を享受していると、言葉に出来ないもぞかしさがせり上がってくる。これはきっと寂しさだ。短時間とは言え後ろの快感を叩き込まれた俺には、前からの刺激では物足りなくなってしまったようだ。 ぬこぬこと手で扱われる事よりも、肉の塊を尻の穴に入れられる方が気持ちいい。俺にとってそれはもう救いようのない事実だ。 「ちょ、あ、明!何して、ん!?」 「ああ正気に戻った、よかった」 涼しい顔でよかったとか言いやがる。やめろや、9割型俺のせいとはいえやめろや。背後に手を回され、俺を可愛いものを見るような顔で見てくる明に少しドキッとした。俺よりも一回り小さいはずの明が妙にかっこよく見える。 「うわ自分から腰動かして、エッロ」 「いうなぁ……はぅ、イく、イクゥ!」 着実に良いところを触ってくるそいつは、俺が快感でのたうち回る様が相当好きなよう。満足そうな笑みを浮かべては、動きが激しくなる一方だ。もう無理、いきたい、イきたくて仕方がない。もっと激しく、出来る事なら俺の中に入れて欲しい……!相手が魔王ではないという気の緩みからかそんなことをふと考えてしまう、これは違うとすぐに正気をたもった。 しかし昂められていく身体の望みを裏切るように、明の手は簡単に俺の肉棒から離れてしまった。助かったと思うのが7割、どうせならイきたかったと思うのが3割、ここまで快楽に従順になっている自分に流石に危機感を覚える。 「これ以上はしないぜ。俺は紳士だからな」 「そ、それはどうも……」 これ以上されたらせっかく冷静にしてくれた?のが無に消しそうだからお礼を言っておく。何もこれ以上ありませんようにと願いを込めた。俺今日男の人の前で発情ダンス見せた挙句、魔王相手と何ラウンドしたと思ってんだ、そういう俺も詳しい数は覚えてねえぜ。まあそういうことで今や欲望に任せてやると死ぬ、具体的には俺のケツが。 「でも俺は諦めないぜ」 いきなり何を言い出す気だよ、今までの経験則から嫌な予感しか察知できなくて、この状況でも一応身構えた。 「いつかお前を寝取ってやるから、もし俺とあれ以上のことがしたくなったら、いつでも来いよ」 確信犯なのか、それとも素でやってるのかは知らないが、俺の腹の下らへんを優しくさすられる。……そこは奇しくも、ちょうど俺の前立腺があるぐらいの位置だった。突如現れた身体のなんとも言えない疼きを隠す。 明のその笑みは、まるで先ほど俺が抱き潰されそうになった魔王にそっくりで、背中に確かな寒気を覚えた。 「梓、どこだ!」 小部屋の小さなドアに、全身全霊の体当たりを効かせて突進してくる仁と出会うのまで、あと10秒だった。

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