82 / 206
第84話 すきやきとご奉仕メイド
服を脱ぐ権利が俺にあるわけはなく、そのままキッチンに連行された。基本の仕込みを終わらせて、後は俺たちを待つだけだった他の班員が、俺のメイド服姿をみて呆気に取られていたのは大方予想通りの反応だった。しかしそれからというものの、可愛いとかエロいとか散々な言われようだ。終いには俺の新衣装をみんな易々と受け入れて、他の奴らが見た時の反応なんかを笑いながら想像している始末。
「……そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、大問題」
「そりゃそうだそうな」
この中では比較的事態を静観していたあきらが、俺に心配の眼差しを向けてくる。鳳あきら、見た目性格ともに育ちのいい清潔感のある御坊ちゃまだが油断してはいけない、こいつは別名鳳画伯。2年生になってクラス替えをしたばかりの時に、親交を深めるべく開催された絵しりとりでそうつけられた。あまりの前衛的なセンスで誰も正解が分からず、我が校のピカソと校長先生のお墨付きまである。
金持ちにしてはノリがいいあきらは既に、この下りを会得していた。陽キャな幸一になんだよれて言われて、あーエルシャダイを知らないのかと、形容し難い感情とともに越えられない溝を感じた。だがどうやらあきらはなかなか話のわかるやつだと心の中で好感度が上がった。
「神は言っている、ここで死ぬ運命《さだめ》ではないと」
「一番良いのを頼む」
「真田くんも明治くんもなかなかやるね」
……成はともかく、まさか仁まで話せるやつだったようだ。ここまでくれば俺たちが異常なのか、それともただ幸一が他の同年代と比べて物を知らないだけなのか、わからなくなってくる。まあいまはそんなことより重要なことがいくつかある、先ず飯はなんなのかについてだ。
「この衣装については何言われてもいい覚悟で着たから別にいいよ。そんでさ、朝飯はなににするん?」
「魔動式の冷蔵庫見たら美味そうな牛肉あったからさ、すき焼きにした」
「朝からかよ」
「大丈夫だ。昼は牛肉たっぷりの鍋で、ほんで夜は猪の肉も入れてしゃぶしゃぶだ」
「肉しかねえのな、ありがとよ」
ため息をつきながらも、とりあえずお礼を言う。お肉大好きだ。この朝っぱらからすき焼きってのは男子高校生クオリティだと思って許して欲しい。少し前に知ったんだけど、東京ですき焼きを作るときは割下と一緒に肉を煮込むんだな。俺ん家は肉を焼いた後に割下をぶっこんでたから、これが東京に住む人達の食べ方なのかと少し感心したのを覚えている。割下を先に入れてるのが関東風、割下を後から入れるのが関西風、これは更に後に知ったことだ。
そして今回は関西風みたいだ。この班に東京では食べ方が違うと言うのを何人知っているのだろうか、知恵を見せびらかしたい子供のような俺をグッと抑える。みんな知ってたら恥ずかしいし、何より少しずつ慌ただしくなってきたからな。全員の起床時間に間に合うように、俺たちは急いでテーブルに食材や鍋を並べた。もちろん割下を入れる事なく。
♢
「見ろよ、メイド服だ」
「梓くん、大丈夫かな?」
さあ腹が空いたと食事処に集まったみんな、最初に目に入ったのはすき焼きだ。朝からすき焼きかよと言う声は予想通りあったが、肉が嫌いな男子高校生はいない、受けはまあまあ良かった。そして次に目に入ったのが俺、もっと言うとメイド服を身に纏った巳陽梓だ。俺が動くたびに無言でこちらを目で追いかけてくるのが視線だけでわかる。やばい身体がムズムズしてきた、コイツら早くも俺に欲情してやがる。
「おいそこの雌猫」
「は、はい……?」
雌猫と呼ばれて咄嗟に反応してしまった自分が恥ずかしすぎる。恥ずかしがる俺とは対照的に、読んだ本人の高松はご満悦の様子。しかし俺の姿を真逆で見た後、がっかりしたように溜息をつかれた。おい待てや、不本意でこんな格好してるとはいえちょっと傷つくぞ。
「わかってないな。おまえメイドの格好してんならせめておはようございますご主人様ぐらいは言ってみろよ」
なるほどそれで不機嫌になったのか。理解は出来たがテコでも言わんぞ。踊り子だのメイドだのをこんな細マッチョにやらせるだけでも趣味が悪いってのに更にこの場の空気を重くしろと言うのか。でも視線でわかる。全員が俺に期待している事、興奮しているクラスメイトにとっては同性だと言うのに俺はやっぱり性対象なこと。それを感じるたびにムラムラしてしまうが、なんだかそれと一緒にイライラも迫り上がってきた気がする。
この正体はきっとやるせなさ、なんで俺だけこんな目にあってんだよと言う誰も悪くないのに発散したくて仕方がないやり場のない怒りだ。何をしたってどうにもならないんだから、泣き寝入りばかりじゃなくていっそ楽しんだらどうだろう、そんな声が聞こえてきた。意を決して全員の視線を集中させた、深呼吸、そして、
「おはようございます主人様! 朝ごはんにしますか? お風呂にしますか? それとも、お、俺がご奉仕しましょうか……」
最後を言う勇気はわずかになかったが、どうだろう。高松の要望を遥かに越えた出来のつもりだ。恥ずかしくて仕方がないが、うずくまった俺とは真逆にみんな先を立つ。何をされるかと身構えたものの、俺の予想とは違い、一部の人以外は部屋から出ていき、風呂場やトイレに長蛇の列を作った。残っていた1人である仁が、俺を立たせてくれた。
「あーあ、飯食うのはもう少し後だな。そりゃあんなこと言われたらヌきたくもなるわな」
認めたくはなかったが、帰ってきた後殆どが賢者モードみたいな顔してたからのマジなんだと口をあんぐりと開けてしまった。仁の事情聴取によれば、どうせなら梓にご奉仕してもらいたかった、と誰かが供述したようだ。
ともだちにシェアしよう!