84 / 206

第84話 一難去って

俺が意識を取り戻したのはそれから少したったお昼時。まさか船上での生活をはじめて2、3日しか経っでいないというのに、3回もヒーラーの世話になるとはおもわなんだ。正気になって初めてみたのは指揮を取っている我がクラスのナイチンゲール清志と、殴ったり水をかけたりして酔いを覚ましている大河、そして一人一人医務室の布団に運んでいる未来だった。 「目が覚めたか。どうやら羽原が梓に言いたいことがあるみたいだぜ」 「……すいませんでした!」 次に目に入ったのは俺の手を握っていた仁、そして昨日の俺と同じぐらい顔を低くして土下座の体制を維持している薫。この大惨事の原因は仁の予想通りすき焼きの割下。薬師の清志曰く、薫が料理酒だと思っていたものは確かにそうだったらしい。本来なら、アルコールは熱したら無くなるから脅威では無い。 しかしこの世界のアルコールは少々特別なようで、決まったアルコールの飛ばし方をしないと消えない仕組みになっているようだ。現実世界とでは製法は勿論、原材料も異なるからよく考えれば当然のことだ。今回は異世界とそんな違いがあるなんて気付きようがないという理由で、薫は無罪となったようだ。しかしそれでは納得出来なかったらしく薫は一人一人に頭を下げているようだ、律儀なやつだな。 「いいよ。アルコールはちょっと怖いけど、別に毒じゃあないんだろ?」 「んーまあ体のアルコールは時間が経てば抜けるらしいけど、俺が言いたいのはそこじゃなくて。梓には特に……な?」 何か言いづらいことでもあるのだろうか? 俺は何も怒ってないからどんどん遠慮なく言ってくれ。そんな感じで胸を構えていたら、突然隣で沈黙を貫いていた仁が、もう堪えきれないと言った勢いで吹き出した。訳がわからず、どうしたのかと聞きたかった。聞く前に仁が解答してくれた。満足そうな、嬉しそうな顔をして、なんだか複雑そうな表情をしている薫は置き去りだ。 「梓お前覚えてえねぇな、酔っ払ってた時の事」 「……あんまり覚えてない」 厳密にいうと途中からは覚えていないが正解だ。酔ったばっかの時は、仁に大好きだのキスしてだの恥ずかしいことを言ったのはうっすらと覚えている。仁に迷惑をかけてしまった勿論反省しているし、それに関して怒っているのなら頭を下げたい。だが嬉しそうに笑っているもんだからどうするのが正解なのか分からん。すると、珍しく申し訳なさそうな顔と声をしている薫が、いよいよ口を開いた。 「なあさ、梓って……酔っ払うとキス魔になるんだな」 「……どういう事だ?」 「羽原の言葉通りだぜ。医務室に運ぶときも酔いが覚めてないときだって何回もキスされたんだ。流石に治療中の錦織にした時はビビったけどな」 ……そんなまさか。いやいや酔うとキス魔になるとか女の子なら可愛いけど、男だと誰得だよ。恥ずかしい、これは今後大人になっても怖くて酒が飲めないだろう。嬉しそうな顔してる仁が何を企んでいるのか考えるのが怖かった。ってか俺清志にまでキスしたんかい、あいつ何も言ってなかったけど。 そもそもの話料理酒ちょっと飲んだだけで酔うとか俺下戸過ぎないか? もともと人生で飲酒した事ないから知りようが無かったけど、もっとちゃんとした場で下戸だと明らかになって欲しかった。クラスメイトの凡ミスで下戸だとわかるとか次代まで語り継がれる笑い話だ。 「いや〜嬉しいな。恋人が下戸って知った時はこんなに可愛い生き物がいるのかと天を仰いだぜ」 「俺は天に見放されたんだけども」 発情体質な上に真性の下戸って男として色々終わりすぎだろ、俺。 「下戸だと何かと都合がいいよな。俺は大丈夫だから可愛い梓がいっぱい見れるぜ」 「仁、怖い」 そっか。コイツは不良だから酒の一つや二つ飲んだことあるだろう、そういうところはちゃんと不良だよな。 「今回の件でちゃんと梓の愛がわかったぜ。逆レイプだの浮気された時はどうなるかとヒヤヒヤした」 「うん、それに関しては俺が悪かった。あとまだ酒が残ってるんかもしれん、クラクラするから抱っこはお手柔らかに頼む」 満足そうに俺を抱いてヨシヨシをしてくる仁は嬉しそうだった。戦闘力は勿論酒の強さすらも勝てないとか情けない。このは俺は違った。もう2度と他人の目の前で酒は飲まないこと、そして不良は基本酒が強くて怖いから距離を置くこと……仁以外。 そんなことを考えているから、どうでも良いことを考えていたからか、俺は気がつかなかった。薫の顔が表情が、明らかに邪なものに変わっていたことを。 このクラスで下戸は、 柿原健吾 小川喜助 巳陽梓 轍洋次郎 明治成 高林暁彦 獅子王前多 大和総司 あたりです。上に行くほど下戸度が増します。特に上の4人は一口飲んだだけでバタンキュー、健吾くんや喜助くんなんかは気化させたアルコールを吸っただけで顔が真っ赤になります。

ともだちにシェアしよう!