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第103話 覚悟と飯があれば生きてける

風呂に入った俺は、もう怖いものはないと言わんばかりに威風堂々と歩いていた。優しい蓮舫に心配されたり、真面目な喜助に頭を下げられたりもしたけど、大丈夫だと豪語した。 俺ばっか色々悩んでるのはアホらしい。そう思って仕舞えば想像以上に肩の荷が降りた。これは責任転換なのか、それとも今までが溜め込みすぎなのかはわからんけど、兎に角今の俺の方がいい気がする。俺はこいつらの仲間だ、一緒に魔王倒すぞ! ってやる気がいつも以上に湧いてくるから、勇者としては正解なはずなんだ。 ♢ 「梓元気になったな」 「ああ。あきらもありがとな、俺今日何も出来んかった」 すっかり晩飯の時間だ。流石に飯だけ食うのは気が引けると言ったのだが、昨日から食べてないだろうと今日の食事班の健吾と縁元に連行された。同じ班の鳳あきらがもう席に座って食事を待っていたから、謝るために遠慮気味に座った。 案外フレンドリーに話しかけてくれたあきらは椅子に座って待っている間も、足と揃えて行儀良く座っている。人生3回分ぐらい生きてようやく身につく様な作法だ。俺の人生で二度と使うことのない、まるでフルコースが出る高級レストランで座るような座り方。 「大丈夫。掃除は藤屋がずっと手伝ってくれたから、結構な肉体労働だったけどおなげでなんとかなった」 「そうか……ん? 掃除でそんな重いもの持ったのか?」 「ああ。雑巾掛けをするために、水の入ったバケツを持ったんだ。あんな重いもの持ったことなくってちょっと手伝ってもらったんだ。雑巾掛けも生まれて初めてでさ、いい体験をさせてもらった」 「ふーん……」 生まれる環境が違いすぎる。そういえばあきらって色んな習い事してるって聞いたことあるな。中学の時は、馬鹿みたいに習い事してる奴が1クラスに1人は絶対いたけど、高校生にもなるとそんな人間は激減してしまうものだ。だがあきらは違う、住む世界が違いすぎて話すことはなかったけど、今なら教えてくれるような気がする。というより聞くなら今しかないだろう。 「なさあ……あきらはどんだけの習い事をやってんの?」 「ん? お母様から言われたお稽古は一通りしてるし、最近じゃお婆さまに料理や掃除なんかの家事も習ってるな……」 お母様、お婆さま、そんな人生と縁のない言葉を連続して出さないでくれ。喋り方が普通だから油断しがちだけど、こうやってみると言葉使いなんてものじゃあ表すことができない人生の質というのが浮き彫りに出てしまう。一応聞いておくけど、そのお母様というのが課している習い事というのは具体的に何があるんだ? 「習字に華道、茶道はもちろんだけど、琴や三味線みたいな……日本文化が多いな。一応ピアノやヴァイオリン、スイミングもしてるけど、おまけ程度というか……」 「な、なるほど……運動もしてるんだな」 「ああ。柔道も空手もしているよ。更には中学から英語も初めて……はっきり言っていくつやってるのかわからないんだ。思い出すから少し時間をくれ」 「も、もういい。ありがとうな」 これだけのことをやっていて苦しいとは思わないのだろうか。俺だったら家出するレベルで叩き込まれているような気がする。やっぱいいとこのお坊っちゃまは生まれながらに常人とは何かズレているのだろう。なんと言うか、クラス1カップ麺が似合わない男選手権堂々の優勝間違いなしと見た。 その後はただ、飯を待つだけだった。部屋に入ってくるクラスメイトに逐一心配されたり、後から入ってくる仁がきっちりと俺のもう隣の席に座ったりと、気が付けば全員が揃った時、ようやく食事が来た。随分遅かった気がするけど何があったのだろう。 「ごめんごめん、ちょっと準備するのに遅れてな……」 「梓に元気になってもらおうと思ってさ、結構工夫して作ってたら時間かかった」 そんなにしてもらわなくら良かったのに。でも俺のためにここまでしてくれるのは嬉しい。俺のために肉料理にしてくれたと聞いたけど、どんなものなのか楽しみだ。ハンバーグも好きだし、ステーキもいいな。あとは個人的に手羽先やもつも好きだけど、それは全員で食う晩飯にしてはちょっと地味だよな…… 「おら食え! もつ鍋だ!」 「もつかいな」 まさかのもつ鍋。俺預言者になろうかなと思ったぐらいの少確率を当てたような気がする。でも俺の好きなものであることは間違いない。それになんだか久しぶりにこんな庶民的な食べ物を食べる気がする。ご飯と味噌汁では再現出来ないような、B級グルメとC級グルメを行き来しているようなこの感じがたまらない。 意識した瞬間に腹が減るのなんのって、そんな中これは良い元気注入だ。これがあれば明日も戦えるな。そんな英気を感じながら、40人で1日ぶりのいただきますを言った。

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