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第104話 今は休むべし

調子に乗って、腹8分ならぬ腹12分ほど食べてもう腹がいっぱい。米が一粒も入らないぐらいに食事に集中したのは久しぶりに思える。明日またしっちゃかめっちゃかあってももう俺は大丈夫だと、もつ鍋に使った鉄鍋よりも硬い意志を持って眠りについた。 ♢ 「野郎40人分の洗濯ってのはなかなか辛いな……」 「この洗濯機魔法で動いてんのかな、乾燥もしてくれるんだから十分だろ」 「それでもたかが3台じゃあ足りねえよ」 「洗濯するなんて生まれて初めてだ、どうせなら外で干したりしてみないか?」 「鳳は黙ってろ、仕事を増やすな」 「真田、低血圧なのは分かったから鳳に当たるのはやめろ」 次の日、朝に弱い仁が寝起きで洗濯に駆り出されて不機嫌ったらない。ようやく謹慎から解放されたのに元気になることがなかったのは多分それが原因だろうな。と言ってもそこまで早朝というわけでもない、朝食前の8時ぐらいに起こした。3つの洗濯機じゃ足りないから、何回かに分けるために早い目にやろうと辰巳が言ってくれたんだ。 「大体3往復ぐらいで大丈夫そうだし、後は暇だな。どうせなら梓俺の部屋に来ないから?」 「羽原、粗大ゴミに出してやろうか」 「お前は暴力でわからせてやるぐらいが丁度いい」 「この脳筋どもはすぐ暴力に訴える」 薫への警戒をなくすことがない仁たちのおかげで俺は今回もことなきを得たわけなのだが、当の犯人たる薫は反省の色が全くない。別にいますが謝って欲しいとかそう言った要望はないけれど、ここまで自分自身で首を絞めている人間を見ると助けたくなるのが俺の性ってやつなんだ。何か話すタイミングがあればいいんだけど、まだ恐怖が残ってて仕方がない。 すると悪い空気に耐えられない幸一が、少し気まずそうながらも声を出した。最初は何言ってんだよ夢野ってみんな思っていただろうが、俺としてはありがたかった。こう見えてその場の空気は大切にしたいタイプなんだ。 「そういえば、今日の飯当番は飯田橋があるんだってな。うどんが食えるんじゃないか?」 「あ、僕も思い出しました!」 「大智、最近植木鉢に種植えたんだっけ?」 「うん。錦織に頼まれた薬草とかをね。僕がお世話をするのが一番だと判断したみたいだ、なかなかみる目があるよ」 「まあクラスの生物委員だからな……」 俺たち以外にも暗い空気に耐えられない成とあきら、田村大智も誤魔化すように口々に無駄な話を始めていった。幸一の気遣いが功を奏したようで、さっきまで気まずさ一点張りだったが少しずつ和らいでいく。お陰でそれに釣られるように、残りの仁達も無駄話に加わっていった。 夜のうどん楽しみだなぁと考えながら、気まずさがまだ若干上回っている日中を乗り越えた。 ♢ 「さあさみなさんお待たせいたしました! 飯田橋うどん店の時期大将、飯田橋希望監修のうどん教室が幕を開けました!」 「ま、まだ修行中の身なんだけど……」 待ちに待った夕方、楽しみにしていた希望の作るうどんは最高の形で叶えられることになった。クラス全員でうどんを作るなんて初めてだ。幼稚園の時に一回やっただけでうろ覚えだ、ほかのやつも同じようなもんだった。しかしそこに関しては流石希望、父親からうどんのいろはを叩き込まれている。俺たちに親切丁寧に教えてくれた。 「うどんは薄力粉と強力粉を混ぜた、中力粉で作るんだ。塩水を少しずつ混ぜるのがポイントだ」 「薄力粉と強力粉ってどう違うんだ?」 「強力粉の方が強いんじゃあねえの」 「そんなアホな理由ではない。第一その2つの戦いとか粉の背比べだよ」 「誰が上手いこと言えと」 普段やっていない特別なことをやると、話辛い人とも話せるってのは良くある話だけど、今回に関しても同じなようだ。あの薫と仁が普通に話してるだけでもめっけもんなのに、ちゃんとキレのいいボケツッコミが出来ているじゃあないか。日中の幸一の苦労が嘘のようなほど、なんの滞りもなくしっかりと会話ができていた。 「次はお待ちかねの足踏みだな。……と言っても体重が重すぎると、こしが出過ぎて硬くなっちまうから、女性の体重ぐらいが適任なんだよな……」 「ここ野郎しかいないぞ」 「うーん、ここは健吾と蓮舫にやってもらおうか」 うどんの大名氏といえば、やはりこの足踏みだけれども、それぐらいの体重がいいだなんて知識は初めて聞いた。嬉しそうにふみふみしている健吾とは違い、蓮舫はうかない顔だった。 「百田どしたんだよ、うどんふみふみとかみんなやりたいと思ったんだけど」 「うーん……なんだか複雑なんだ。僕は女性と同じぐらいってことだよね?」 「あ、えっと……」 女性と同じ体重と言われてショックを隠しきれない蓮舫と、それに動じるどころが気付くことすらない健吾。いったいどこにそんな差がついてしまったんだ。 こうやってると、普通のクラスだなと思う。こんなこと言いたくないけど、やっぱり俺がいない方がバランスが保てるというか、俺がいない方が良かったのではとふと考えた。でもそれでも俺を受け入れてくれる奴らがいる事は、俺にとって幸せなことだと思う。

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