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第116話 脱皮

……………長い戦いが幕を閉じた。 船の風呂で身を清めるのは結構好きだ。なんというか、裸なはずなのに安心してしまう。やっぱりそういう場ではないからだろうな。カッポーンという風呂場にありがちな謎の効果音が聞こえる気がするぐらいには、模範的な風呂の形をしている湯船はちょうどいい温かさで、無事に例の薬湯モドキは処分されたのだと一安心した。 身体を洗ってもらって1人湯船を独占状態。背後であーだこーだ喧嘩しながら頭を洗っている2人はなんだかんだ仲がいいと思う。後ろ姿をゆっくりと見ていると、なんだか眠くなるような、自分がこの世界の住人ではないようなフワフワ感が再び舞い戻ってくる。別に今更辛くもないが、背後から声が聞こえてきた。 「待たせたな梓、隣失礼するぜ」 2人ともが入ってきた事によってオレの心のモヤモヤはまたもや払拭された。俺が肩まで浸かるように湯船に入ってるのが面白かったのか明に真似をされてしまったり、その様を仁が楽しそうに見ていたりと、こうして見れば仲が良さそうに見えなくもない。まあ現実は「アレ」だけども。 「……ごめんな、せっかくお前らが気持ちいいことしてたのに邪魔しちまって」 「別に。梓が気持ちよくなるのが一番だったし、オレも急に拒絶されて焦ったというか」 「あの信じられねえような顔は今思い出しても傑作だったぜ」 「ご、ごめんなさい」 2人とも怒っていないようだ。どうせなら肉便器みたく扱ってくれても構わなかった、いや寧ろそう扱ってくれた方が俺は何も思う事なくセックス出来たってのに、優しくされてしまうんじゃあ調子が狂うったらない。なんで俺を嫌っていないんだろう、沢山迷惑をかけてきた自覚なんてあるに決まってる、罪悪感に関してもそれは例外ではない。 このクラス全員の心を奪ったなんて悪い冗談だと思いたいし、今でもぶっちゃけ嫌な夢だと思っている節がある。許しを乞う権利なんてものはもちろんない、白兵能力のはの字も与えられなかった俺に出来ることなんて、せいぜい性奴隷にでもなってみんなの再処理のために貢献するぐらいだろう。なのに、 「体はどこか痛むか? 腰は確定だろうけど、痔とかになったらすぐに言えよ」 「中出ししたままのやつはそのまんまでいいのか? そういうのって、腹壊したり痛くなったりしねえの?」 「それは腸内洗浄があるから平気だぜ」 「なんだその特殊能力、すげーな」 コイツらは全くと言っていいほど俺に対しての嫌悪感とか、言ってしまえば憎悪なんかを抱いていないのだから調子が狂うというもの。……クラスの奴らは俺を怒っていない。自分を許せないのは周りじゃない、自分なんだ。そんなことはこの際言わないでもらいたい、これはシンプルに俺の良心いやプライドに関することなのだから。言っただろ、これはあくまでわがままだと。 「なあさ、梓はなんで嫌われてるって思ったんだ?」 だから仁からこのような無神経な質問をされても正直に言って仕舞えばいいんだ。寧ろこちらが聞きたい、迷惑かけてきたのになんでまだ好きとかほざいてんだよと。言い方が乱暴なんてのはお互い様だ、これで気付いてもらえたら幸いだ。俺は、巳陽梓という人間ははクラスの連中が思ってるほど魅力的ではないと。 しかし、2人は俺より上手だった。 「なあさ、その体でいくならなんで初めて梓とセックスした真田は無事だったと思う?」 「……さあな」 「なんで輪姦というか、オレより酷いことした羽原が平気な顔できてると思うんだ?」 「知らねーよ」 ……2人が何を言いたいかなんてのはちゃんとわかってる。だが納得するつもりはない、これは俺の正義の問題なのだから。俺の良心に従った結果が、俺がいない方が楽に魔王を倒せる。そう思った、それだけだったから。 「迷惑かけることってそんなダメなことかよ、もう全員がそれなりに持ちつ持たれつな感じでやってんだろ俺たち。少なくとも俺としては好きな人の尻拭いはどんとこいって感じなんだけどな」 「……梓がいるから、梓に恋をしたから、俺は魔王を倒す気になれたし、何より仲間ってのが出来た」 心は静かに、風呂場の水面のように揺れていた。 「お前のおかげで頑張れる奴ってこの中じゃぜったい少なくない。迷惑かけたことに目を向けるのは真面目だし、俺には出来ねえことだ、いいことだと思う。だけど誰かがしてくれたいい事とか、自分がしたいい事に気付かねえのは、ダメなんじゃねえのか?」 「ちゃんと周り見てみろよ、梓嫌ってる奴いるか? 居なけりゃよかったなんて思ってるやついるか? 誰にしてやった事、してくれた事ちゃんと数えてみろ、それが答え……だと思う」 最後に「自分が言えた事じゃないけどな」、2人は声を合わせた。やはりなんだかんだ気が合うようだ。現実世界にいた頃じゃ、2人ともこんな仲良くなかったな……俺のおかげで仲良くなったとかは……流石に傲慢か。 だけども少しだけ、腫れ物がするりと脱皮をするように剥がれた音がした。剥がれた|それ《俺》が忌み嫌われながら血を吐く蛇になるのか、世界を救う龍になるのかは、まだ誰にもわからない。だけど決める権利はちゃんと、俺の手のひらにあった。

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