130 / 206

第130話 僕の負け

ドッカーンと音がした。その瞬間船が、いや空気が揺れた。順を追って説明してくれ、そんなんじゃあ伝わらないと言いたくもなるだろう。でも俺は至極真っ当さらに親切丁寧に教えているつもりだ。俺はマジにもう手立てがない絶体絶命だ、こうなったら俺を囮に仁には逃げてもらうしかと、自分の命そっちのけのプランBを計画していたぐらいだ。 そんな中で、いきなり左の方から地響きが起こった。ま、まさか遠くから攻撃されたんかな? いやそれにしては何も起こってない。こんな大きな船に命中しないほどのクソエイムなのか、あくまで威嚇射撃なのか。イカ野郎も仁も動きが止まって、5秒ほど経った。事態を把握する頃には、大きな花火が起こった。 「チッ……ヒノマルの奴らかよ」 イカ野郎の舌打ちが確かに聞こえた。目の前で光る花火は、綺麗だの感動だのを超えて、不気味にも感じた。その後は連続して、バンバカバンと遠くの大砲が音を立てて、そして俺たちの目の前で光り輝く。それを繰り返していた。これは多分あれだな、光線弾のようなものだろう。異世界ならではの工夫が凝らされていて、不気味とはいえ目を奪われてしまう魔性の魅力を感じる。 それに当てられたのはどうやら人間だけではないらしい。それを見ていた外野のクラーケン達も例外ではなかった。むしろ症状は俺たちよりずっとひどく、酩酊するようにクラクラとし始めた。中にはこりゃ堪らんと海の中に逃げ隠れるように退散する者もいた。 「お前達落ち着け! これはただの閃光弾だ! くそ、この使えない愚か者どもめ!」 未だかつてないぐらいには腹を立てている様子のイカ野郎と目があった。俺悪くないのにまた何か言われるのではと睨みながら警戒をした。しかし俺のその心配は要らぬものだったようで、いや失礼要らぬものではなかったな。人畜無害な優しい顔で近づいてきたと思ったら、いきなり唇を奪われてしまったのだから。しかも初めてなのに舌入れてきやがった。 「んん!? む! むー!」 「お前何してんだよ! 梓から離れろ!」 いきなりすぎて混乱しっぱなしな俺と、必死に止めようと怒鳴る仁により、屋外であるのに騒がしい阿鼻叫喚って感じになった。騒いでるのは2人だけなのにめちゃくちゃうるさい。でもイカ野郎はそんなの気にすることなく、勝ち誇った笑みで口を離した。お世辞にも大人らしい顔ではなかったが、やはり魔王と似て顔面が強い。色気のある表情に背筋がゾクゾクとするのを感じた。 涙目ですっかり腰が抜けてしまった俺を見て満足がだ、笑うなよ。こんなショタのくせにディープキスクソ上手いとかマセてんじゃねえ。いや違う確か同い年だったから。魔物の歳の感覚なんてものは知らないが、ややこしいんだよ。とにかく間違っても健吾や蓮舫にはこんな人間になってほしくない、合法ショタにはなっていいし多分なるんだろうけど、こんな性格ひん曲がったのはなるべきではないと思う。 「むぅ♡……」 「僕は諦めないよ。魔王の嫁なんてすぐに辞めろよ。いつでも待ってるから、その婚約者くんで満足出来なくなったらすぐに呼んでね。この僕が真っ先に来てあげる、喜びで失禁する許可をあげるよ」 「し、しねえよ!」 「そう言わずに、ね?」 「これ以上おかしなことを吹き込むんじゃあねえぞ! あれだぞ、ゲンコツの刑だぞ!」 触手によって全身拘束されてしかもフルチンなのにここまで強気な言動ができる仁は、やはり只者ではない。しかも見た目が子供だから遠慮しているのだろう、ゲンコツという何とも優しめの脅しだ。イカ野郎は自称同い年だけど……まあ見た目が一致しなくて混乱するのは俺とて同じか。 いつもの仁なら容赦なく叩き斬ると言ってそうなのに、流石は未来の警察官、子供に優しい人を目指してるのだろうな。 「今回は僕の負け、あの愚民共を教育したいし大人しく引かせてもらうよ。ヒノマルの奴らは男も女も真面目で釣れないし、めんどくさいからね。まあ顔合わせはできたってことで、バイバーイ」 こうして、イカ野郎はあっさり俺たちの拘束を解いてくれた。仁がシメたと、俺を担いで船へと走り出す。前を向いてばかりでちっとも後ろを見ない仁、それに相反する形で、好奇心のままに後ろを向いてしまった。海へ沈むまで笑顔で手を振る姿を見たのは、多分俺だけだったろうな。

ともだちにシェアしよう!