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第132話 弟

潮風が冷たい、これぞまさしくオホーツク海の気分といった所だ。まあ実際にはオホーツクどころか北海道にも行ったことがないから知らないけれど。でも北海道だと流氷があるってのは風の噂で聞いたから、間違いはないはずだ、多分。 「踊り子殿、ヒノマルの海はいかがでしょうか?」 「俺、梓です。その……流氷が凄いですね。漁船がぶつかったりはしないのですか?」 「ここはまだ海域としては遠いので残っておりますが、近海ではちゃんと流氷を回収しているのですよ。流氷の中にはたくさんの海の魔力が詰まっております。それらは民衆が祭事に使うので、大切に取っているのです」 成る程そんな文化が。魔力を溜め込んでるなんて知らなかったな、目の前の大きなそれもきっと例外ではないのだろう。皇子様は失礼と言い、俺の隣に座った。男の人だけど髪が長くてカッコいい。長い髪が似合う男はみんな度合いは違くとも顔面がいいと思う、ちなみに皇子様は最高峰の顔面偏差値だ。魔王なイカ野郎ほどではないけども、俺からしたら同じ人間だと思うだけで失礼だと感じてしまうぐらいには顔面が強い。 しかし肝心の皇子様はというと、せっかくの凛々しい顔が勿体ないぐらいにモジモジし始めた。思ったよりも恥ずかしがり屋なのか、それともおそらく和の国にはない俺のメイド服が破廉恥すぎて恥ずかしがってるのか。もし後者なら土下座したいと思う、国宝級のイケメンの隣にいるのがこんな変な服着てる踊り子でごめんなさいと。 「その、梓殿は魔王を倒したらどうするつもりなのでしょうか?」 「え?」 なんというか、早とちりな質問に感じた。俺たちよりかは年上っぽいけど、正確な歳がわからない皇子様は少し浮き足立ってるような気がして。そうだなぁ……まあまずは元の世界に帰りたいと思う。そこら辺はベルトルトさんがなんとかしてくれると思うから、今は深く考えてない。でも少なくとも、全員元の世界に帰りたいから魔王退治なんて恐ろしいことをしようとしてるのが大多数だと思う。 ありがたいこと? に、俺のために頑張るとかいってる変わり者も何人かいるのは少し、いやだいぶ照れくさいけど、そうとくれば俺も恥ずかしくないように最後まで諦めないつもりだ。色々言ってしまったが、やっぱり元の世界に帰ることが第一だな。 「そうかですか……この世界に留まるつもりはないのですね」 「まあ、そうッスね。元々ベルトルトさんの魔法でいきなり連れてこられたし、まあそれが悪いとも思ってないけど……元の世界に帰りたいのが本音です、はい」 「成る程。勇者様方はやはり、《《伝承》》通りに世界を救ったらどこかに消えてしまうのですね」 で、伝承? 初めて聞いた話だけどそれは。いやまあRPGにも勇者伝説的な設定があるのはよく見るし、ここはそういうタイプの異世界だと思ってみると納得出来なくもない。しかしまだ皇子様の話は続く。全然嫌ではないぞ、透き通った風のように綺麗な声はそ聞いていて全然苦にならない。寧ろもっと耳元でビュンビュン吹いててくれ。 「も、もしもですよ? 元の世界に家族がいなかったら、梓殿の帰りを待つ人間がいなかったりしたら……是非、私の所へ来なさい」 ……それってどういう意味で来なさいといってるのだ。俺の心が汚れ過ぎて伴侶とかそういう意味に聞こえてしまう、汚れ過ぎて。それに皇子様の顔が赤いのにも責任があるでしょう、貴方と違って俺の心は極限にまでススと埃が溜まっているのですから。 「その、家族として……」 だからどっちの意味でだ。養子として向かい入れてくれるという意味なのか、それともお嫁さんとして向かい入れるとかそんな意味なのか。心が綺麗な皇子様だし、養子として考えるのが1番だよな……少なくとも俺は皇子様を信じたい。 応答に困っていると、なんだか視線を感じてきた。怪しい会話をしてるとクラスメイトに悟られてしまったのか? ……いいや違う、絶対に。何故かって? 犯人がすぐそこにいたからさ。本人は隠れているつもりだろうけど、頭隠して尻隠さずとはよくいったものだ。九つの尻尾が丸見えなんだよ……って尻尾? 「あ、あの。皇子様、アレはなんでしょうか?」 「あれ? ああ、獣人の子供であるタマモ、私の大切な直属の部下です。タマモ、梓殿にご挨拶をしなさい」 皇子様の声でバレていると気が付いたのか、素直に姿を表した。あまりの驚きに体が硬直するのを感じた。いや、今更獣人なんぞに踊ろう俺ではないが、それでも耳が狐で尻尾も9本なんてなかなか神秘的でかっこいいと思う。それでも俺を驚かせる決定打にはならなかった。俺が驚いたのは、その顔、容姿に関してだ。 ____そっくりだ、俺の弟に瓜二つだ。 「は、はじめまして。狐獣人のタマモです、よろしくお願いします」 子供の頃の弟にそっくりなタマモと名乗る少年は、初対面の俺に深く頭を下げた。

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