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第133話 船旅の終わり

狐獣人、意味はニュアンスで理解できる。多分狐に似た人間ってことだろうな。魔物なのか? いいや人間と一緒にいるし、なにより獣「人」と言ってたし、人間の中の種族なんだろう。 あのとんでもなく生意気な弟、巳陽蓮《みようれん》に似ているその姿で行儀良く挨拶されるのはなんだか落ち着かない。いいや違うな、散々しっかりしなさいとか、危機感がないとか、そんなどちらが上なのかも分からないぐらいにはしゃんとしている弟だからこそ、生意気に見えてしまう。意地の悪い兄貴だよ、俺は。自分のダメさ加減を棚にあげた挙句、自分よりずっと成績も生活態度も親からの評価も高い弟が気に入らないなんて、我ながら漫画やアニメの悪役みたいだな。 「はじめまして。勇者の1人、巳陽梓です」 「勇者様に敬語を使わせるなんて、とんでものう御座います!」 「タマモは私の大事な部下なのですが、それ以前に大事な家族なのですよ、弟のようなものです。……梓殿が望むのなら、魔王を倒したら暁には共に家族に……」 その後も皇子様は色々と言っていたが、ハッキリ言って俺には聞こえていなかった。俺としてはタマモのことで頭がいっぱいだったからだ。タマモはまだ小学校5年生ぐらいの見た目で、それにしてはやけにしっかりものだ。今年で中学3年生になる蓮にと是非とも見習ってもらいたい、まああれも含めて蓮の性格なのだろうけど。 ……そうか、そういうことなんだな。優秀なお兄ちゃんがいるだけで、弟というのはここまで素直で可愛げがある存在になるんだな。血が繋がりなんてこの際どうなっていい。全ては先に生まれただけの者の能力次第というわけか。出来の悪い兄ちゃんや姉ちゃんを持った下の子はさぞ苦労するのだろう、蓮のように。俺がいえたことでもないけど、ごめんな蓮。俺は異世界を救える勇者になれても、踊り子なんて職業なんだ。 「世界を救う勇者様に気軽に話しかけるなど僕には出来ません……せめて遠目から見るぐらいならと思い、その、ごめんなさい」 「い、いいから、怒ってないから。俺の方こそ……」 なんで瓜二つなのか、そもそもの話なんで蓮のそっくりさんが異世界にいるのか、我慢は後をたたない。少なくともベルトルトさんからはそんな話かなかった、あーあ獣人ぐらいなら今更驚くようなことじゃなかったのに。忘れていた、異世界は俺の予想を遥かに超えてくることを。主に悪い意味で。 「とにかく、仲良くしようなタマモ。ほい握手」 「いいんですか!? ありがとうございます、僕のもうこの手一生洗いません!」 「ちゃんと健康のために洗ってくれ……」 いいんですかと戸惑いつつも、迷うことなく手を握ってくるあたり強気なタイプのオタクと見た。蓮は俺の陰キャオタクぶりを見てはオタクキモいだの、そんなことしてると可笑しな人に目をつけられるぞだの、好き勝手言われてきたから少し新鮮だ。出来の悪い兄貴だと言いながらとやかく言ってくるのは、本人にとっては兄を思う愛ゆえの行動だったとしても、俺からしたらますます自分が惨めにされるような気持ちさえした。まあ蓮が俺を家族として愛するなんて、そんな事あり得ないけど。 だからこそ、タマモとは仲良くしたい。タマモの目の前ではいいお兄ちゃんでいたい。そんな自分勝手な欲望から、ついつい本物の兄のような言動が出てしまった。お世辞にも理想の兄と呼べるほどの逸材ではないし、ましてや皇子様とかいう最強の兄がいるタマモとしては鬱陶しく聞こえるかもだけど。 「よかったなタマモ。梓殿だけではなく勇者様方は皆優しい、きっと和の国ヒノマルも気に入ってくれるに違いない」 「はい、兄様! 和の国は火山があるので、鍛治も温泉も盛んないいところですよ、美味しいものを沢山食べてくださいね!」 蓮とタマモによる理想と現実の落差、そして衝撃的と言ってもいいタマモの兄様呼び。そんな事で脳が奪われたが、話はこれから。遠く遠くに何やら大きな火山、そしてそれに抱かれるようにそびえ立つ大きな……城? 何かはわからないけど、大阪城や姫路城に引けを取らない立派な城が目に入った。実際は大阪城しかこの眼で見たことはないが、ここがきっと和の国なんだろう。 「勇者様方! 何日にも及ぶ船旅、お疲れ様でした。まもなく和の国ヒノマルです、どうぞ心置きなくお楽しみ下さい!」 10日間にも及ぶ船旅にようやく終止符が打たれた。全員が力を使い果たしたようにホッとしたり、逆にまだまだこれからだぜと言わんばかりに興奮を抑えきれていない者がいる中、俺は1人、蓮の面影を強く持った少年を見つめるだけだった。

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