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第144話 店主さん可哀想
2人が無事に帰ってきた頃にはすっかり仁の姿は変わって、立派な花婿の姿になっていた。俺たちはこんな会話をしてたもんだから着付けをする暇なんてなく、テンション上がり気味の店主に着付けを手伝ってもらうことになってしまった。
「すみません……譲治と色々頑張ってみたんですけど、2人ともこんな経験ないからやっぱり難しくて」
「いいのですよ、花嫁用の衣装である十二単衣はなかなか着るのも脱ぐのも大変ですからね、何なりとお申し付けください。それにしてもやはり嬉しいですね」
あんな話をしてたのを仁にバレるのも少し癪だから、2人で上手く話を合わせて誤魔化した。それに疑いもしないで素直に待ってる仁と、テキパキ俺の着付けを進める店主。やっぱりその道のプロは違うな、動き方と言うか、着せるだけなのにキレの次元が違う。でもさっきの嬉しいと言う発言には首を捻るばかりだった。
「……ごめんなさい、何が嬉しいのかわかりません。あーでもこんなに居座ってんだから、やっぱり体験だけじゃなくて買う方がいいですか?」
「いえいえとんでもない! 私が精魂込めて仕立てた正装をまさか勇者様に着ていただからなんて、何とい名誉的な事であるかと感動していたのです。もし宜しければ無料でも全然構いませんので、貰ってください!」
こんな高価なものを無料でいいとか、なんだか勇者を讃えすぎて新興宗教みたいだ。それは流石にと断ってみたものの、仁と譲治は乗り気だった。
「貰えるものはなんでも貰う主義だけど……ちと魔王を倒す勇者の服としてはちょっと動きずらいな」
「もっと動きやすい十二単衣ないんすか?」
「それは、少し難しいです。せめて1日もあれば、これを魔改造して動き易く仕立てることが出来ます」
「やめて下さい」
とんでもないこと口走ってる店主を静止した。確かにカレーライスやクトゥルフしかり魔改造大好きな日本人と同じ様な文化を持ってるとはいえ、和の国の人達にも同じ様な感性があるのかと心配になる。でも踊り子に似合う動きやすい十二単衣って興味あるか無いかと聞かれれば断然興味がある。
「……はい、無事終わりました。綺麗になりましたよ。サービスとして化粧も出来ますが」
「それは良いです」
「絶対似合うと思うのですが」
「張り合わないでください」
意外としつこい店主をなんとかあしらって、大きな鏡を見た。いつもの俺だ、ただ十二単衣を着てるだけの。思ったよりも重くて帯も固くて苦しい。花嫁役というのは思ったよりも大変なんだなと尊敬してしまいそうになった。確かにこれはこれからの旅に着てくのは無理だし、着ないとしても手入れが大変だ。旅は何が起こるかわからない、魔王やイカ野郎、それと同じぐらい厄介な相手が来るやもしれない中で、はっきり言って服に気を遣っている暇がないのが本音だと思う。
「うーん……やっぱり仕立てます。こんな1人で切り盛りしてる染物屋に来て頂いたのですから、少しぐらいは恩を返さないと」
頑固ものな店主に俺は諦めを覚え始めた、しかも悪意がないから尚更だ。そこまでしてまで拒否する理由は思い浮かばない、寧ろここは大人しく店主からの贈り物を受け取った方がお互いのためだとも思った。
じゃあお願いしますと言えば、嬉しそうにもう40にもなる店主はニコニコと笑っていた。ついでに仁と譲治もニコニコしていた。もう花婿用の衣装を貰う気満々の仁が、店主に近づいた。あ、と声を出したがもう手遅れ、仁の方が体感2歩ぐらい早かった。しかも譲治まで悪ノリし始めた、詰将棋の方がまだ脱出路があるぐらいの詰み具合だ。
「どうせなら、店主の好きに色々いじってもらって構いませんよ」
「いや、勇者様の大事な衣装にそんな不貞は出来ませんよ。それに、好きに色々っと言いますと?」
「だから、好きな性癖入れて良いんだよ。例えば自分が花婿だったら着てほしい柄だったり、あともしも花嫁役だったらどんなの着たいとか。まあ兎に角願望入れろって事だな」
「わ、私は今は染物屋を大きくすると決めておりますので、結婚はまだ……」
おい店主困らせてんじゃねえよ。あれだけぐいぐい来てたのに、いざ自分の事となるとウブなようだ。耳までタコのように赤くしている、かわいそうに。
「もう四十路って奴ですよね、お付き合いしてる人なんかはいるんですか?」
「い、いません……」
「勿体ないなー。裁縫が得意で、素直で可愛い、いいお嫁さんになれそうなのに」
「私が貰われる側ですか!?」
「店主さん素質ありそう。俺の梓ほどじゃないけど」
耳どころか首まで赤くなってきた店主と、仁たちを引き離した。調子に乗ってるようだったので必殺長袖ビンタ(十二単衣の長い袖でビンタする)を繰り出して大人しくさせた。
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