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第174話 涙の呪い

周りが一気に明るく感じた、脊髄反射で目が覚める。震える身体であたりを見渡して、此処が現実世界だとすぐにわかった。ぎゅうぎゅう詰め……ではなくて朝食のためか何人か既に席を外している。汗だくだ、眠気覚ましに寝ている奴が起きないようにあーと小さな声で呟いた。酷い震えだ。何とか悪夢の世界から抜け出せたんだ、 心を落ち着かせるべくたとだとしい脚で荷台からでた。眩しい朝日がひどく痛く感じる、キャンプ場の川を目指してフラフラ歩くと、異変を感じた周りの奴らがこちらに注目する。 「……おい、梓?」 過去最悪に悪い俺の顔色を見て様子が変どころか異変だと感じたのか、周りが恐ろしいものを見るような目で見てくる。……大丈夫だ、とてつもなく嫌な夢を見ただけだ。顔洗って美味いもん食ったら、多分全部忘れることが出来る、いつも通りになるはず。 妙に長く感じた川までの道を歩いて、現実世界じゃ上流でしか見られそうもない澄んだ水にそっと手をかざす。透明なそれは、最も容易く俺の手を冷たく包み込む。……ん? 「……あ」 左手の薬指に目がいった。それと共に血の気が引く。震える右手で、薬指についているそれを外そうとするものの、まるで貼り付けられているかのように離れない。どれだけ力を強くしても痛いだけだ、多分外れるよりも中指がちぎれる方が早いと思う。 こじんまりして上品で、なのに宝石が真っ黒なそれを見ながら、覚悟を決めて手のひらを見た。そこにはしっかりと50と濃い痣が付いている。血の気が引いた、奴の言葉を思い出す。 『この指輪はね、着けたら2度と外せない。解き方はあるけど僕にも知らない。これをつけた瞬間、君の左の手のひらに50って数字が出るんだ。怖がらなくていいよ、それは1日過ぎるごとに一つずつ減っていく、そしてゼロになった時には、君が僕の事を好きになってくれるんだ』 まさかまさか、こんなのあまりに酷い正夢じゃないか。思い出したくもない恐ろしい声が頭にこだまする。 『……そんなに悲しまないで。50日後には君の夫は僕になる、真田仁のことも忘れることができるよ。勿論仲間の連中もね』 血の気が引くどころか多分真っ青だ、どんな顔をしているかなんて知りたくもない。水で洗うことすら忘れて後退りしていると背中からポスンと誰かとぶつかる。それだけで肩が大きく揺れそうになったけど何とか持ち堪える(多分後ろの人にはバレバレ)、恐る恐る背後を振り返った。 「おい、本当に大丈夫かよ。どっか悪いんか? 熱は……測れないな、ちょっとデコ借りるぜ」 「じ、仁……」 夢にまで見た恋人の姿、ショックのせいか耳が遠い。どうやら体調を心配されているようだ、体温計がないと言う理由で直接デコで体温を測られている。熱い、魔王の手なんかよりずっと人の温もりしてる。でもそれでも熱く感じるのは、多分仁だからなんだろうな。 コイツのことを忘れる? 俺が? 順番は違えど告白もされた、恥ずかしながらそれなりにセックスもした、結婚ごっこだって……将来警察官になった仁に毎日朝ご飯作ってお見送りして、夜は夕飯作って帰りを待つ、そんな生活を想像してさえいた。それが無くなるってのか、たった1つの指輪のせいで。この婚約指輪という名をした俺たちを引き裂く悪魔の指輪によって、全てが終わるのか? ……それは嫌だ。何が何でも嫌過ぎる、やだやだやだ、行かないで、仁行かないで。この場合俺が言ってしまうのか? なら離さないで、いっその事俺を縛って、あんな奴の元に行けないぐらい抱き潰して。肩に手を乗せて衝動的にキスをした。デコ付けられてる至近距離なら非力な俺でも無理矢理出来る、ないが起きてるのかわからないかをしてるけどそんなん知らん。 「んん!? ちょっと、出したんだよ!?」 強引に、でも痛くない力加減で両の腕を掴まれ引き離された。顔を真っ赤にいている、嫌じゃないんだ、よかった。ただの体調不良じゃないなと気が付いたようで、それと共に俺の左手の指輪、そして50と書かれた痣も同時に発見された。 「あ? 何だぁこれは、こんなんついてたっけ?」 「……魔王につけられた」 「ほーん……は?」 衝撃的なシーンを遠巻きに見ていた外野たちが動くのを見た、……やばい涙も一緒に溢れてきた。あいつの顔思い出したくない、仁の顔もっと見てたい、それなのに視界がぼやけて見れないじゃないか。手を離してくれ、すぐにでもお前に抱きつきたい。 「____大丈夫だ。何された? 言ってみろ」 次の瞬間一気に仁の体温を感じる。なんだよそっちから抱きしめてくれるんか、……ありがとう。 「ごめんな、ごめんなさい。俺、魔王に呪われちゃった……」 俺が仁たちを忘れるまでのタイムリミット、 あと50日。

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