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第190話 ベル様

朝食を終えたら昼までの間いよいよお茶会。自ら記者会見に出向く汚職事件がバレた権力者ってこんな気分なんだと理解した。お茶会の開催場所温室の植物園までの道のりがやけに遠く感じる。別に何を話すわけでもない、単なる他愛もない話かもしれない。しかし妙に勘が良すぎることと言い今朝のことと言い、緊張してしまう要素が多すぎて胃が痛くなる。 ゴグダム指折りの学者達が俺たちに隠れて船の設計図を完成させてくれるらしい、そんなに隠れなくてもいいのに。別に噛み付いたりしないし、ゴグダムを危機に陥れるなんてもってのほかだ。……まあそれでも雪によって外部との接触もそうはないこの町では難しい話かもしれない。むしろホロケウさんがぐいぐい来すぎなぐらいある。 「さあさあ、是非ともタルトを食べていただきたい。何を隠そう実は小生が作ったのです。安心なされ、狼の毛が入らないよう細心の注意を払いました」 ニッコニコでタルトを用意された。外は硬すぎないクッキー風の型を使って、中はしっとりとしたスポンジ、巨大なメレンゲクッキーとしつこくない生クリーム、そして上にはありったけのマロンクリーム。ちゃんとモンブランタルトだ、手間がかかったろうに。紅茶はミルクを少しだけ入れて俺好み、緊張してる中あれだけど最高の布陣が誕生したと思っている。 色々聞かれた。勇者になる前は何してたのとか、異世界(俺にとっては元の世界)の技術についてとか、……あと仁についても少し聞かれた、恥ずかしかったけどとにかく喋った。初めて魅了と発情体質に出くわした時、偶然仁に助け求めちゃって色々あった結果結婚の話が出るぐらいの濃ゆいお付き合いをすることになったと。嘘はついてない。 「なるほど……」 「あの、恥ずかしいんですが……こんな話聞いてもあんまり面白くないでしょうし」 「いえいえ、若い人の話はいつ聞いても面白い。それに何より正直な人というのは魅力的ですから……」 そんなにおおっぴらに喋っては……いるな、嘘偽りないほんとのことしか言ってない。何故正直だとバレたんだ、やっぱり学者とかやってるとそこら変強くなるんかな。うかうかとそんな風に考えながらタルトを食べていると、急に声色を変えて聞かれた。怒っているわけではない、直感的に感じたこれは、焦りに近い。 「巳陽さんは、かの魔王のことをどのように思われておるのですか?」 ふと顔を見るとやっぱり切羽詰まってる。いや違うんだ、いつもの優しそうで余裕な表情がないわけではないけど、今回に限ってはそれが偽物な気がして。少なくとも昨日今日とあんなに引きつった顔は初めてだ。 「その、憎いっすよ。この世界の人達は、魔物が凶暴化したり作物が取れにくくなるし、娯楽も少なくなってきて、あいつのせいで苦しんでる。なのに呑気に俺に求婚するし、変な呪いまで持ってきやがった。……憎い」 「……いまの魔法技術を駆使すれば、食料問題は次第に解決するでしょう。それにまだ魔王の勢力と争う国もあります。ここの生徒同様、学生の身であるあなたが無理して討伐しようと考えた理由は……やはり呪いのせいですか?」 「え? まあそれもありますけど……1番はこの世界助けるためです。ベルトルトさんとも約束しましたし……和の国ではめっちゃ期待されてたんで」 全部本心だ。ホロケウさんの言葉にも一理あるけど、そんな先延ばし戦法は取りたくない。一つの世界がかかってるんだ。 重々しくそうですかと呟かれた。……なんだかきつく言ってしまったかもと思い謝ろうとしたけど、顔を見て考えがずり落ちる。 泣いていた。ホロケウさんのカッコいいけど歳を感じされる狼の顔は、大きな涙を流し続けていた。 「小生は……悲しく思います」 「え、え!? そのなんていうか……ごめんなさい?」 何から何まで訳がわからない。あなたが謝る必要は無いと言ってくれるものの、じゃあなんでそんなに泣いているんだと聞いた。 「すみません巳陽さん……貴方を見ると思い出してしまった、本当によく似ておられる。小生は悔やんでおるのです。たった1人の人間を救えなかった事を今もなお!」 「それは……誰のことを?」 もう絶対に助からない、そう最初に言ったその目は、やけに若々しく見えた。俺と似ている人間を救えなかった、その時点で相応の覚悟はしまいたけれど、ホロケウさんの持つ闇は想像を遥かに絶する事となる。 「ベル様、ベル様……彼の方より優れた魔術師を小生は誰も知らない」 ベル。……いつか自己紹介されたのを思い出す。魔王ベル。なぜホロケウさんは、アイツのことを知っているんだ。 「__すみません、思い出しなくなかったらいいんです、貴方とアイツの間に何かあったのか、教えてください。お願いします……」 「そうですね、少なくとも貴方は知るべきだ、ベル様を殺すつもりの貴方は。いいでしょう。……もう20年以上昔の話でございます」 ホロケウさんは、ゆっくりと昔話を始めた。

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