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この世には、男女の性の他に第二の性がある。バース性と呼ばれるもので、アルファ、ベータ、オメガの三種類に分かれている。とはいえほとんどは、ごく平均的な人間であるベータが占めている。  それに対し、人口の一~二割しか存在しないにも関わらず、国を動かす特権階級であるのがアルファだ。彼らは、知力、身体能力等のあらゆる能力に秀でており、容姿も端麗な者が多い。いわば生まれながらのエリートであり、政治家やマスコミ、大企業のトップは、ほぼアルファで占められている。  そして、アルファよりもさらに希少なのがオメガで、この性は男女問わず妊娠が可能である。だが、オメガの社会的地位は低い。その理由は、数か月に一度迎える発情期(ヒート)にある。発情期のオメガは、強いフェロモンをまき散らして、アルファやベータを誘惑するのだ。  そしてオメガ自身も、理性では制御しがたい性的欲求に襲われる。それを紛らわすには、フェロモンの分泌を抑える抑制剤を服用するしかない。とはいえ学業や仕事に支障をきたすことも多く、そのため往々にして馬鹿にされがちなのである。この講演会の聴衆も、きっと蘭のことをそう思っているに違いなかった。オメガなんかに、政治の難しい話はわかるものか、と……。  蘭は、見下すような周囲からの視線を黙殺して、白柳の話に耳を傾けた。とはいえ、中には好色そうな視線が交じっていることにも、蘭は気づいていた。自分の美貌は、誰よりもよく知っている。抜けるような白い肌に、茶色がかった柔らかい髪。長いまつげに、潤みがちな大きな瞳。加えて、華奢な体つき。新聞記者をしていた昨年までは、『色仕掛けでのし上がった』と散々陰口を叩かれたものだ。実際は、事実無根の中傷なのだが。  ――そう。今夜が、色仕掛けの初体験だ……。  蘭は、白柳の顔をじっと見つめた。蘭のことは、もう覚えているはずだ。蘭が彼の講演に参加するのは、今日で三度目。それもあえて、参加者が少ない地方の講演ばかりを狙って参加した。印象に残るためだ……。  白柳は、いつも通り軽快なトークを繰り広げている。一段落つくと、司会者が再びマイクを手にした。 「ありがとうございました。ではこれより、質疑応答に移ります。何か、先生にご質問のある方は?」  数人の参加者が、挙手して質問した。報道の最前線にいた蘭からすれば、幼稚な内容ばかりだった。 「他に、ご質問のある方は……」  司会者が、きょろきょろする。蘭は、スッと右手を挙げた。

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