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 聴衆は、あっけにとられた様子で蘭の方を見た。司会者も、一瞬意外そうな顔をしたものの、すぐに走り寄ってきた。 「……では、お願いします」  司会者から、マイクを受け取る。聴衆をぎゃふんと言わせたいのはやまやまだが、蘭はぐっとこらえた。記者時代の鋭い口調は封印し、おどおどと、いかにも緊張しているような素振りを見せる。 「あの、ええと、無知な質問でお恥ずかしいんですが……」  か細い声で、時にはつっかえながら、蘭は話し始めた。まずは、とてもわかりやすかった、と白柳の講演内容を賞賛する。その上で蘭は、軽く小首をかしげてみせた。 「でも、先生が仰った施策の成功例は、アメリカのものですよね? 日本とアメリカでは基礎となるデータが違いますから、日本に当てはめた場合、同様に成功するのでしょうか……」  一瞬白柳の表情が変わったのを、蘭は見逃さなかった。動揺する、とまではいかないが、鋭い指摘と感じたのは確かだろう。  これも、作戦の一つだ。綺麗なだけのオメガなら、掃いて捨てるほどいる。知性もある、と控えめにアピールすることで、白柳の関心を引くことはできるだろう。 「データに関しては、確かに仰るとおりですね」  白柳はにこりと笑うと、蘭の指摘を一部認めた。 「ですが、観点を変えてみますと……」  さすがは元弁護士というべきか、白柳は弁舌巧みに自らの主張をフォローした。こじつけのような気がしなくもないが、ここで言い争うのが目的ではない。蘭は、あっさりと引き下がった。 「とてもよくわかりました」  焦った様子で状況をうかがっていた司会者は、安堵したような表情を浮かべた。 「ハイ、お疲れさまでした。、ありがとうございました」  チッと舌打ちしたくなるのを、蘭はかろうじて我慢した。質問内容は、バース性とは何ら関連がないというのに。  ――オメガが政治について発言しただけでも、驚きってか? まあ、こういう扱いには慣れてるけどさ……。  その時、白柳のよく通る声がした。 「でしたね。僕もまだまだ、勉強していかなければいけません」  蘭は、はっとして白柳の顔を見た。彼は、涼しい顔をしてペットボトルの水を飲んでいる。だが、バース差別になりかねない司会者の発言をさりげなく訂正したのは、明らかだった。

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