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 その時、足音が聞こえた。  ――来たか?  蘭は、とっさに発情誘発剤を鞄に押し込んだ。こんなものを見られては、誘惑しようとしていました、とみすみす白状するようなものだ。その上で、控え室前の廊下にうずくまる。近づいてきた足音は、ぴたりと止まった。 「……君は」  顔を上げれば、予想通り白柳が立っていた。驚いたような顔をしている。 「もしかして……、ヒートか?」 「はい。時期じゃないのに、突然……」  瞳を潤ませて、白柳を見つめる。心臓はドクドクと脈打ち、全身はすでに熱い。やはり、本当のヒートだ。予期せぬ事態だが、この際それでも構わなかった。蘭は、ぎゅっと自分の身体を抱きしめた。 「しかも、抑制剤を落としてしまったようで。どこで落としたかわからなくて、捜し回っていたんです。ああ、どうしよう……」  パニックになっているふりをして、顔を覆う。その時、がやがやと人の声がした。白柳が、チラと背後を気にする。 「ひとまず、中に入りなさい」  蘭は、笑い出したくなるのをこらえた。計画どおりだ。発情したオメガと一緒にいるのを見られたら、どんな噂が立つかわからない。思ったとおり、白柳は人目をはばかったようだった。 「すみません……」  しおらしく頭を下げながら、白柳に続いて部屋に入る。無人の室内を見て、白柳は眉をひそめた。 「古城(こじょう)さんはどこへ行ったんだ……。取りあえず、そこへ座って」  示された長椅子に、蘭は倒れ込むように横たわった。前もってはだけておいたシャツの隙間から、素肌が見えるようにするのを、忘れない。タイミング良く、躰の中心もゆるく勃ち上がり始めている。それが白柳の目に入るよう、蘭はさりげなく腰の位置をずらした。白柳は、一瞬蘭に視線を走らせた後、逸らした。 「少し、待っていてくれ。抑制剤を、手配するから」  狭い室内に、蘭のオメガフェロモンは充満しきっている。とうてい耐えられないのだろう。白柳は、小走りに部屋から出ようとした。蘭は、そんな彼の手をつかんだ。 「一人にしないでください」

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