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番外編:白柳明希のゆううつ・その3
わたしの変化に、ママはさびしそうだった。お兄ちゃんたちも、心配そうにしていた。そしてとうとうある日、パパがわたしを呼んだ。
「どうして、ママにあんな態度を取るんだ。何かあったのか?」
「何も」
答えようとしないわたしに、パパは眉をひそめた。
「何もないなら、子供っぽい真似をするんじゃない。ママに悪いと思わないのか」
子供っぽい、と言われて、わたしはカッとなった。
「どうせ、わたしとママとは違うもん! いいよね、ママは何でもそろってて。綺麗で、有能で、ファーストレディーで……。ずるいよ、不公平だよ……」
バシン、とパパがわたしの頬を叩いた。
「ママにだって、苦労はたくさんあった。明希には、言っていないだけだ! 何も知らないくせに、ママを悪く言うな。それ以上言ったら、パパは許さんぞ」
そう言うパパの表情は、とても険しかった。でもわたしは、怖いというよりびっくりした。パパがわたしに、ううん、子供に手を上げるなんて、初めてだったから。特にわたしのことは、周りの人が『甘やかしすぎ』っていうくらい、可愛がっていたから……。
確かに、わかってはいた。ママは小さい頃養護施設で育って、市川のおじいちゃんおばあちゃんに引き取られたって。実のお母さんの薫子おばあちゃんとは偶然再会して、今は仲良しみたいだけど。パパと結婚してからも、ママを妬んで陥れようとする人がいたらしくて(この話題になると、悠さんがこそこそ逃げて行くんだけど、まさかね)、大変だったみたい。
「……ごめんなさい」
さすがに恋の話はパパには言えなかったけど、わたしは素直に謝った。パパは表情をやわらげて、「わかったならいい」と言ってくれた。でも、これにはまだ続きがあったんだ……。
その夜のこと。パパの書斎の前を通ったら、海お兄ちゃんとパパが話しているのが聞こえた。お兄ちゃんは、すごく怒っていた。
「昼間、見ました。どうして明希を殴ったんですか。父さんが、子供に暴力を振るうとは思いませんでした!」
「明希は、そうされて当然のことをしたんだ。お前には関係ない」
「いえ、僕は、何があろうとも体罰は良くないと思います」
海お兄ちゃんは、譲らなかった。
「……それに。僕は一生、明希を守ると誓っていますから。明希に何かする人間は、たとえ父さんでも許しません!」
パパが、息をのむ気配がした。その後しばらく二人は言い合っていたけど、内容はよく聞き取れなかった。最後に、お兄ちゃんは言った。
「僕は必ず、父さんを超える政治家になります。その時は、せいぜい用心なさってください。政治の世界は、食うか食われるか。どこに落とし穴があるか、わかりませんよ」
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