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「ったく。学生たちとの話、いいとこだったってのに!」  帰り道、蘭はぶつぶつと文句を言った。あの後陽介は、食堂にいた学生全員と記念撮影をし、一人一人にサインをして、ようやく大学を後にしたのである。 「すまん。実は、その……。君が送ってきた写真が、気になってな。ほら、肩に手を回してる男の子がいたじゃないか。食堂でも一緒だったし……」 「ああ、あの子か」  合点したように頷いた後、蘭は意外なことを言った。 「でも、そういう心配は要らないから。だって彼、オメガだもん」 「オメガ!?」  信じられなかった。彼は、どう見てもベータの体格だったが。 「スポーツで鍛えて、体格が良くなったんだって。俺のことは、同じオメガとして尊敬してるってさ。……何だよ、お前オメガの男に妬いてたのかよ?」  蘭が、呆れたようにため息をつく。 「悪かった。てっきり、ベータの男に言い寄られているのかと……」 「早とちりも、いい加減にしろよ。しかもそれが理由で、この暑い中、海を連れ回したのか? 俺には、説教したくせにさ」  生後間もない海を連れて『オメガの会』に潜入した蘭を、陽介はかつて叱りつけたのだ。返す言葉も無かった。 「……本当に、すまなかった」 「はーっ。もういいって、謝罪は」  蘭は、ため息をついた。 「お前のやきもち焼きは、今に始まったことじゃないし。海だって、元気そうにしてる」 「元気すぎて、困ったくらいだ」  陽介は苦笑した。 「でも君は、毎日この子に付き合ってるんだよな? 今回、実感したよ。赤ん坊を育てるのは、本当に大変だ。君はよくやってる。慰労と、今回の詫びを兼ねて、また息抜きの日を作るよ」  だが蘭は、意外にもかぶりを振った。 「いいよ。俺、海と一緒に過ごすの、好きなんだ。日々発見があって、すごく楽しい。だから、離れて過ごすのは今日で終わり」  にっこりと微笑む蘭の手を、陽介は思わず握っていた。 「ありがとう。そんな風に言ってくれて。……ああそうだ、君、講演会で鋭い意見を言ったそうだね? 菊池先生から聞いた。優しくて知性もあって、皆から好かれていて……。俺にはもったいないくらいの、素晴らしい妻だ」 「今頃気付いたかよ?」  蘭が、クスクス笑う。陽介は、握った手に力を込めたのだった。  どうにか仲直りもできたし、今夜は文字通り熱い夜を、と企んでいた陽介だが、その期待ははかなく消え失せた。リビングの惨状を見て、蘭は激怒したのである。 「何だよ、この散らかりっぷり。出かける前より、汚くなってんじゃんか!」 「ハイハイ、早い子はそろそろって言っておいただろうが。何で、注意して見てないんだよ!」  不運は重なるもので、どこかのタイミングでにわか雨があったらしい。外に干していた洗濯物は、見事にびしょ濡れになっていた。おまけに夕食も、作れずじまいである。結局何の手伝いもできなかったどころか、かえって仕事を増やした夫を蘭が許すはずもなく、陽介は夜遅くまで説教されるはめになったのだった。                          潜入大作戦!:了 

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