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学生食堂は、まるで本格的なレストランのごとくお洒落な外観だった。ガラス張りなので、中で食事している学生たちが丸見えだ。
――最近の大学は、皆こうなのか。
約十年前の自分の学生時代と比較して、陽介はうなった。とにもかくにも、このデザインは都合が良い。陽介は、そっと中をのぞき込んだ。海はといえば、持たせたガラガラで、機嫌良くしている。
――蘭は、と……。
幸いにも、愛しの妻はすぐに見つかった。五人の学生たちに囲まれて、何やら熱弁を振るっている。男女比は、三対二だ。蘭の話が興味深いらしく、メモを取っている者もいる。
楽しげにしているのはありがたいことだが、メンバーを一瞥して、陽介は眉をひそめた。例の、蘭にボディタッチしていた男子学生もいたのだ。中肉中背の体格からして、ベータと思われる。じっくり観察しようと、窓にへばりついたその時だった。
「失礼ですが?」
中から、職員らしき中年女性が出て来た。陽介を、不審の眼差しで見ている。
「ああ、すみません。連れを待っているのです」
「そうですか。でも、中へお入りになったら? 赤ちゃんが熱中症になったら、大変ですよ」
確かに、その通りだ。陽介は、ぐっとつまった。大分日が落ちてきているが、気温はまだまだ高いのである。
――帰るか? いや、でもあの男が一緒なのは気になる……。
見つかるリスクと嫉妬を天秤にかけ、陽介は後者を取ったのだった。
ドキドキしながら入店すると、職員が尋ねてきた。
「お連れ様と合流されます?」
「いえ! 今、大事な研究テーマについて話し合っているので。邪魔をするわけにはいきません」
それだけは、絶対に困る。職員はあっさり引き下がると、別の席を案内してくれた。幸いにも、蘭たちグループからはかなり離れている。
「こちらなら、注文カウンターに近いですよ?」
食堂は、セルフなのだ。入ったからには、行って注文しないといけない。すると親切な職員は、こんなことを言い出した。
「赤ちゃんなら、私が席で見ていてあげますから。パパは、ゆっくり選んでくださいな」
「いいんですか? ありがとうございます」
『パパ』という表現にじーんとしつつ、陽介は頭を下げた。海をベビーカーごと彼女に任せ、急いでカウンターへと走る。適当にデザートを購入し、戻ろうとした陽介だったが、そこで唖然とした。
テーブルには、女子学生たちが群がっていたのだ。海の顔をのぞき込んで、キャアキャアと騒いでいる。
「可愛い~」
「ほっぺた、ふくふくしてる~」
海を可愛いと言われたことは素直に嬉しいが、目立つのは困る。だが海は、上機嫌ではしゃいでいた。
「あーら、お姉ちゃんたちに囲まれて、ご機嫌ねえ、僕」
職員が、のんきに目を細める。父・勲の血なのではという疑念が頭をよぎったが、今はそれを追及するどころではない。陽介は、慌てて席へと走った。
「海……」
女性陣から海を奪還しようとした、その時だった。ぶんぶんと手を振り回していた海が、一人の女子学生の服を引っつかんだのだ。それも、キャミソールの胸元を。彼女の胸は、あっという間に全開になった。
「きゃああああっ」
女子学生が、悲鳴と共に胸を押さえる。食堂内は、静まり返った。
「すみません!」
陽介は、大慌てで駆け寄ると、真っ赤になっている女子学生に向かって頭を下げた。一方、自分のしでかしたことの重大さに気付いていない海は、ほやほやと笑っている。とはいえ、ここで叱りつけても、大声で泣かれるだけだろう。陽介は仕方なく、海を抱き上げた。
「ほらお前も、お姉ちゃんに謝って」
海は、陽介の慣れない抱っこが気に入らないのか、もぞもぞと体を動かしている。手をぶんぶんと振り回す海をなだめながら、陽介は固まったままの女子学生に話しかけた。
「お洋服、大丈夫でしたか? よろしければ弁償を……」
その時だった。バン、と振った海の手が、思いきり陽介のサングラスに当たった。海を抱いているせいで、両手は塞がっている。防ぐ間も無く、サングラスは弾け飛んで行った。そのとたん、女子学生たちの歓声が上がる。
「ウッソォ! 白柳陽介じゃん!」
「マジ? 何でここに?」
しまったと歯がみをしたが、遅かった。女子学生たちは、次々とスマホやノートを取り出している。
「写真撮ってください!」
「てか、サインください。あっ、服のことはお気になさらず!」
キャミソール事件を不問にしてくれたのは幸いだったが、これは最悪の状況だ。彼女らをなだめようとしたその時、背後で冷ややかな声がした。
「陽介。ここで何やってんの?」
恐る恐る振り向いた先には、鬼のような顔をした蘭が立っていた。
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