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 約二十分後。陽介は、蘭がいる大学の正門に到着していた。  ――変装は、バッチリだ。これで面が割れるはずは無い。  国会議員白柳陽介が現れた、などとバレたら、大騒ぎになるのは目に見えている。だから陽介は、数年ぶりに引っ張り出したTシャツにジーンズという、限りなく学生に近い服装でやって来たのだ。  とはいえ、行き交う学生たちは、得体の知れない物を見る目で陽介を見ている。それもそのはず、陽介は大きめのサングラスで顔を覆った上、赤ん坊を乗せたベビーカーと一緒なのだ。不審極まりない。案の定、警備員が呼び止めてきた。 「本学にご用の方ですか?」 「いえ、私は大学関係者では無いのですが。妻が、本日の菊池先生の講演会に参加していまして。それで、迎えに参りました」  だが警備員は、猜疑の色を浮かべた。 「講演会なら、もう終わりましたが?」 「ええ、ですがまだ構内にいるそうで」  ベビーカーごと突破しようとしたが、警備員は立ち塞がってくる。顔には、『不審人物発見』と書いてあった。 「では放送で呼び出しましょう。奥様のお名前は?」  蘭の激怒する顔が浮かび、陽介はぷるぷるとかぶりを振った。警備員の顔が険しくなる。 「失礼ですが、身分証を拝見できますか」 「それは……」  その時、「おや」という声がした。見れば、当の講演者、菊池が立っているではないか。 「今日は一体どうされました? しら……」  ばびゅん、と陽介は菊池の元へすっ飛んで行った。それ以上バラされる前に、彼の口を手で覆い、小声で囁く。 「正体、伏せておいてもらえます!?」  妙な顔はしたものの、何か事情があると悟ったのだろう。菊池は、あっさり頷いた。警備員に向かって、にこやかに説明する。 「この方なら、僕の知人です。身元は保証しますよ」 「……そうですか? まあ、先生が仰るなら……」  今日のゲストに言われては、仕方ないと判断したのだろう。警備員は、ようやく通してくれた。陽介は、菊池に謝罪した。 「失礼しました。実は、先生の講演会に、うちの妻が参加させていただきましてね。その関係で、来た次第です」 「おや、そうでしたか……、あ」  菊池は、思い出したように声を上げた。 「そういえば、張り切って質問をされていたオメガ男性がおられましたね。もしや、あの方が奥様だったのかな」  菊池は、納得したように頷いている。  「とても鋭いご指摘をされましてね。学生さんたち、皆感心していましたよ」  蘭なら、さもありなんだ。それでお茶をする流れになったのだろう、と陽介は合点した。 「彼かどうかはわかりませんが。えらく帰りが遅いもので、心配になりましてね。学食へ行く、とか言っていましたが」 「おやおや。美人の奥様だから、気になるんですね?」  菊池はからかうように言った後、学食の場所を快く教えてくれたのだった。

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