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第10話
パシャッ、と小さな水音をたてて、栄鷲は泥で汚れた顔を濡らした。人気のない小さな川に映る己の顔に乾いた笑いがわずかに零れ落ちる。
夕栄はよく水辺にいた。独りポツンとそこに佇み、時も忘れてジッと水面を見つめていた。同じように水面を見つめてみるが、栄鷲には夕栄の考えも思考も何もわからない。彼は今、どこにいるのだろう。風の噂で革命側の議会も夕栄を探していると聞いた。ならば彼はまだ生きているということ、少なくともあの宮殿襲撃の際に死体はなかったということだ。身を隠しながら栄鷲は夕栄を探し続けた。彼が最後に言った〝北へ〟という言葉を思い出して、あの時彼の唯一の味方であったであろう明家の治める北洲にも足を伸ばしてみたが、有力な手掛かりは見つけられなかった。そして再び帝都へ戻り、民衆に紛れて玄栄の国を見続けていたのだ。
栄鷲は再びフッと皮肉気に笑う。革命を起こした者たちは皆、理想を口にしていた。皇族を殺し、貴族を殺し、自分たちが国を治めれば玄栄の国は豊かになる。我々は自由になる。幸せをその手で掴むのだ、と。だが、同じ理想を語るのならば夕栄の言葉の方がまだ現実的であったことを栄鷲は思い知った。
決して綺麗とは言えない布で乱暴に顔の水滴を拭い立ち上がった時、近くでトサッと小さく何かが落ちるような音がした。勢いよく振り返るが木々が生い茂っていて何も見えない。そっと気配を消して音の鳴った方へと近づけば、一人の青年がうつぶせに倒れていた。短い黒の髪、剣を持つには向かないであろう筋肉のあまりない身体、端正な顔立ちも相まってどこか夕栄を思わせるが、彼は決して夕栄ではない。
栄鷲はこの青年を知っていた。ある意味でならば、栄鷲は恨まなくてはいけない相手であろう。そう、今栄鷲の目の前で倒れている彼こそ、革命を先導し、今は神仙と人々から信じられている青年、佳 雲嵐だ。
助ける義理などない。それに栄鷲は革命側から隠れて生きている存在だ。どう考えても雲嵐は革命側で、親切心を出して助けたが最後、牢にぶち込まれるのが関の山だろう。特別生に執着はないが、それでもあの時敬愛する兄が必死になって生かしてくれた命だと思うと、革命側に刈り取られることだけは避けたかった。だがどうしてだろう、雲嵐から視線を外すことができない。疲労を隠せていない顔色が、頬に落ちる悲しそうな睫毛の影が、どうしても夕栄を思い出させた。現状を憂い、打開せんと皇帝に話をするも嘲笑され鞭打たれ、決してこの声は届かないのだと思い知らされた時の、あの悲哀に満ちた兄の姿を。
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