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第1話

今回もまた別れの時が来た。いつものことだが、愛しい者が天へ昇るその時を看取ると言うのは、本当に辛く苦しく、この身が幾つにも裂けてしまうほどの痛みを感じる。 「また、見つけてくれるよね?」 そう言って瞼を閉じようとする男の弱々しく力なき手を取ると、 「当たり前だ!だから、一刻も早くこの世界に、俺の元に戻って来てくれ!」 薄く開いた瞼が再び閉じ、スーッと涙が流れた。口元に今にも語り出しそうな微笑みを残し、今回も俺を残してあいつは天に昇っていった。 「呪い?! ばっかじゃねぇの?んなもん、あるわけないだろう!?」 何百年も前の俺の言葉が脳裏に蘇る。 「あの岩の下に呪いを残して天に昇ったって言う魔人(まびと)がいたんだって。 だから、あの岩の周りで遊んだりふざけて岩を動かしたり、ましてや壊したりなんかしたら大変なことになるって。」 夕(ゆう)がブルっと身震いしながら俺にコソコソと小さな声で話す。 「そんな話、誰からも聞いた事ねぇし。大体魔人なんて何百年も前の神話みたいなもんだろう?! 例え呪いがあったとしても、もう消えかかって効力も薄まってるか、なくなってるって! …だからさ夕、いいだろう? あそこなら誰も来ないし、存分に大きい声も出せるし…な?」 「大きい声」に夕が反応して真っ赤になった。 「バカ!! 宵(よい)なんか大嫌い!!」 それでも無理矢理夕の手を取って件の岩のある高原まで引っ張るようにして二人で向かった。 「宵、やだってば!魔人の呪いにかかったらどうするんだよ?!ダメだって!」 高原の少し端にある大岩の中を通るとそこは、気持ちいい風が吹き渡る静かな風景が広がっていた。 目の端に岩が見えて近付こうとすると、夕がブンと腕を振って俺から自分の手を離した。 「何だよ、怖がり夕!」 「怖がりでもいい!宵も戻って来なよ!!ねえ!宵ってばぁ!! そんな夕の必死な声を背中に聞きながら、俺は呪いなんてあるわけねえよと、岩に手が届く所まで近付いた。 好奇心から岩に触れようと手を伸ばすとヒヤッとした空気に触れ、ゾクっとした寒気を感じた。 バカバカしい。怖がり夕が怖がるから、俺にも怖いのが感染っちまったみたいだ。 まったく、何でもかんでも本気にして怖がるから、皆に怖がり夕なんて言われて。毎回騙されてもヘラヘラしてるからバカじゃねぇのって陰口言われるし。それでも夕は笑って、騙される方が楽だからって言うしさ…本当にばっかじゃねぇの?…そうだ!こんな呪いなんてないんだって夕に教えてやれば、怖がりだけでも治るかもな。 そんなちょっとした思いつきだった。夕の怖がりは本当にすごくて、そのうえ信じやすいもんだから、皆の格好の遊び道具のようにされていた。 その頃にはもう俺と夕は恋人関係ではあったが、両親を亡くし、父方の祖父母のもとで暮らしていた夕はそんなに裕福と言うわけでもなく、有力者の父のいる俺とでは格が違うからと二人の関係は夕に内緒にさせられていた。 「俺との関係を言っちゃえば、お前がああやって絡まれることもないんだ!なぁ、夕は俺のだ!って俺のモノだから手を出すな!!って、言ってもいいだろう?」 ベッドの中で甘い行為の後、俺の腕枕でまどろむ夕に何度も尋ねたが答えはいつも同じ。 俺の方に顔を向け、静かに微笑んで首を横に振る。 「何でだよ?!」 俺の怒鳴る声に少し寂しそうに俯き、黙ったままで首を振る。 「ちぇっ!」 吐き出すように舌打ちをすると、「ごめん」と呟いてベッドから抜け出ようとする。その腕を引っ張り、仰向けにした上に跨った。するとそっと顔に手が伸びて唇を合わせてくる。これが俺達の仲直りの合図。 「ほら、夕!見てろよ!!」 離れたところにいる夕に聞こえるように大声を出す。 ヒヤッとした空気が先ほどよりも冷たいように感じる。 気のせい、気のせい。 そう思い込むように心の中で呟くと、夕が見ているのを確認して、えいっと手で岩を突き飛ばした。 ガタンと音がして、岩と土台が離れる。 岩が落下するかと思いきやズレる程度しか動かなかったのは、このような時間の経た遺跡にしては相当に頑丈に作られた証拠。 壊れるとまではいかなかったものの、これだけの事をすれば呪いなるものが何かしらのことをして来るはずと夕は言っていた。 その場でじっと立ち、その時を待つ… だが、何も起こる気配はない。 ただ静かな草原を吹き渡る風の音だけが聞こえるばかり。 しばらくして、ほらな!と言いながら岩を元の位置に戻した。ほんの少しでも呪いなんてものを見られるかもと期待していたんだけどな…まぁ、夕には言えないけれど。 そんな事を考えながら、夕の方に向き直り歩き出した。 「だから呪いなんてないって言ったろ?夕ももう怖がるのやめろよ…な…」 夕に大声で話しかけながら歩いていた足が急に重だるくなり、体の上から分厚く大きな手で押しつけられているかのような圧迫感を感じて、その場にしゃがみ込む。それでもミシミシと骨が軋み、その痛みと上からの圧迫感によって我慢出来ずにうつ伏せになった。 「宵!!」 夕がこちらに駆け寄って来る。 来るな!! 叫びたいが身体は地面にのめり込み、口も開けない。 「うわっ!!」 俺に近付いた夕が俺と同じように地面に突っ伏した。 土に埋もれつつある腕を何とかそこから出して、夕に伸ばす。 夕も俺の手を掴もうと必死に腕を伸ばした。離れては近付き、近付いては離れるを何度か繰り返し、ようやく二人の腕が同じタイミングで伸び、互いの手を掴んだ瞬間、身体の下にぽかっと穴が開き掴んだ手をしっかりと握り合ったままで、二人で落下していった。

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