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第4話

*  翌日、理央は久々に外に出る仕事があった。基本的に理央はオンラインでの打ち合わせを主にしているが、今回は新規で立ち上げる企画で直接話をしたいため、会社の方に出向いて欲しいと契約レーベルから連絡があったのだ。日中に外に出るなんて久しぶりのことである。人が多いなあ、と渋谷駅を降り、打ち合わせ先へと人混みを抜けて向かっていった。  久しぶりに来たビルの受付を済ませると、二階にあるブースに通された。しばらくすると、担当がやってくる。久しぶりに実際に出会った担当者の中田は少し太っていた。いやあ、最近運動不足で、RIOさんは相変わらずのスタイルで、なんて話もそこそこに、いや、僕は不健康なだけですからという軽口すら返せず、マスクの下で苦く笑う。  早速今回のお話なんですが、と中田は自分のタブレットを横に置いて、人の良さそうな顔で笑った。あ、何か面倒な案件だな、とはすぐに分かる。この担当者とは付き合いが長いので、この見事な営業用スマイルが出た時は、大概納期か相手が厳しいのだ。 「RIOさんに是非ともお願いしたい案件があって!ちょっと新しい企画なので直接お話したかったんですよ!わざわざご足労いただきましてすみません!!」 「はあ……」  相変わらず語尾がうるさいなと思いつつも、この押しの強さには助けられることも多い。まあ、長い付き合いだから自分のNGラインは守ってくれるし……と話を聞こうとしたら……いきなり際どい話が始まって理央は驚くことになる。 「ユニットとしての売り出しなんですが、RIOさんとしてデビューをしていただけないかと!」  中田はものすごい勢いと笑顔で話しているが、理央にとっては青天の霹靂であった。しばらくの沈黙の後、思わず「は?」と声が出てしまう。そして、しどろもどろに断りの文句を考えた。 「ま、前からお話ししていますが、僕は顔出しはしないので……あと、前に契約の際にご説明した通り、僕にはsub性もありますから、投薬で生活をしています。あまり人とべったり関わるのは、その……体に影響が出る可能性もあるので、お断りしたいんです」  かなりの動揺があったものの、契約とsub性を持ち出せば折れるだろうと、なんとか冷静に対応の言葉を考えた。実は、今までも別レーベルから同様の話があったこともある。理央としてはこんな見た目のひ弱な男が中の人だと分かるのは、自分の曲に対してもマイナスになると思っていて、顔出しは避けたい。せっかく音楽で評価されているものを、自分のこの見た目で引き下げるのはいやだ、とマスクをまた上から抑えた。中田は理央の反応を予想していたのだろう、わかってますわかってますよ!!と営業らしいオーバーなリアクションで手を開いて理央をなだめた。 「ボーカルを前面に立てての企画なんですよ!RIOさんは後ろに控えていただく感じになるかと思いますが、どうでしょう!?」 「はあ……でも、人と「実際に」関わるのは……。楽曲提供のみではダメなんでしょうか?」 「ソロデビューの話の際に、作曲でどうしてもあなたについていただけないか!っていう本人からの強い希望がありまして!あ、RIOさんは顔出しNGなのでそれは無理だと告げたら、表に立つ仕事は全て自分がするので、どうしてもRIOの名前をもっと大々的に出せるように交渉してくれって……いやあ、僕もその熱意に負けて無理なお願いをしてるわけです!」 「……それはありがたい話ですが」  ボーカル側からそこまでのラブコールがあるのは珍しい。と言うのも、RIOとしての楽曲提供は何度かしているが、合成音での配信メインとしていた理央の曲調は音域の飛び方が難しく、生身のボーカルからは難易度が高くて嫌われることも多かった。もちろん仕事なので音域の調整をするが、そんな自分の曲を歌いたいと言うのは、よほどの熱意と自信があるからなのだろう。 「彼、既にモデルもしてますから、表にたつ仕事は慣れてますしね。広報対応も全て自分がすると彼も言っていますし!」 「え……?」 「今日、呼んでいるんです。お話だけでも……!」  いや、囲い込みじゃないか、と思ったが、待ってくださいの前にコンコンと扉を叩く音がした。語尾全部に「!」がつく勢いに押し負けて仕事を受けるのは……と中田を止めようとしたが、もう遅い。 「失礼します。遅くなりました」  静かに扉が開き、その向こう側から見えたのは……見知った金髪の顔だった。いや、昨日一昨日散々見た、その忘れようもない美しい顔。 「ご存知でしょうか?今人気のインディーズバンド、AVのボーカル、朋也くんです!」 「っ……!?」  呆然としている理央相手に、朋也は少しだけ首を傾けてにこりと笑う。その形良い唇がすっと弧を描いた。 「RIOさん、初めまして。AVのボーカル、朋也と申します。よろしくお願いいたします」  ブース内にすっと上品に響く声。理央は混乱しながらも「いや、お前誰だよ」というツッコミを喉奥で押さえ込むのに必死だった。

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