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第4話

「俺さぁ、最初はこいつの名前、俺から取ったんだって思ってた。なのに、兄貴の話からだ、なんておまえが言うからさ」  それが面白くなくって碧生(あおい)は、六年前鳥籠を無理やり取ろうとしたらしい。  こんなちっぽけな誤解から、大親友の碧生と別れたのかと思うと、これまでの六年間がすごく悔やまれる。  こんなすぐ側にいたのに。  たった一本路地裏へ入るだけでよかったのに。 「まだサッカーやってんのか」 「ああ、でもケガでレギュラー落ち」 「おまえなら大丈夫だよ」 「簡単に言うなよ!」 「真っ黒だから」  怒鳴った俺に訳のわからない言葉が返ってくる。 「色白のおまえが真冬の今でも日焼けしてんだから、そんだけ頑張ってるってことだろ」  昔と変わらず、まっすぐと俺に視線を向けてくる。 「だったら大丈夫だ」  なにが大丈夫だかわからない。  昔からこいつは簡単に大丈夫だと口にする。 「大丈夫」  昔から不思議と碧生に言われるとそんな気になった。  そして、いつの間にかすべてがうまくいくようになる。  さっきまで強張っていた俺の顔が、ほんの少し緩んだ気がした。 「そんな顔すんなよ……欲しくなる」  頬に息がかかると、冷たくなっていた唇がほんのり暖かくなった。 「あっ!」 ――そうだ  開いた口に温かいものが入り込んできた。  雷に打たれたような感覚が全身を襲う。  碧生との友好を断ち切った原因はこれだ。  キスをされたからだ。  キスが嫌だったわけじゃない。  嫌じゃなかったから怖かった。  幼心に同性同士のキスが世の中で許されるものじゃないって感じていた。  だから、俺はこの小さな路地裏に透明な扉をつけて鍵を閉めた。  すごく近くに住んでいたけれど、学区が違う俺たちは学校で顔を合わせることはない。 「逃げないのか」  弱々しい声がする。  きっと、初めてキスした日を思い出したのだろう。  いつもは乱暴で横柄なくせに。  自分のことになると、とたんに弱気になる。  答えの代わりに、ほんの少し舌を差し出した。  切れかかった街灯の光が、まるで夢の中の出来事のような気分にさせる。  夢心地だったから、人が来るかもしれないこんなところで、キスなんてできたのかもしれない。 「本当は……」  俺が言いかけたとき、さらに狭まった碧生との距離に、両手で捕まえていたアオが騒ぎ出した。 「ごめん、あせりすぎた。インコ、潰すとこだった」  碧生は慌てて俺から離れた。  六年経っても、碧生はアオの名を呼ばない。  きっと、お兄さんに対する嫉妬だ。 ――本当は、アオって碧生の名前から取ったんだ。照れくさくって言えなかった  告げかけた言葉を俺はそのまま胸に仕舞い込んだ。  そんなことを言って、碧生に暴走されたらたまらない。  だってここは……  誰が通るかわからない  路地裏だから……    ――おわり――

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