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新居編 6 どう?
確かに、炬燵なんて敦之さんの部屋には必要なさそうだった。
朝、ふと目が覚めて、まだ隣で眠っている敦之さんを起こしてしまわないようにそっとベッドを抜け出して水を飲みに行った時も、足元はほんのり暖かかったっけ。
部屋に泊めてもらうことがあんまりないから気が付かなかった。
敦之さんの部屋に泊めてもらうよりも、俺の部屋に敦之さんが泊まりに来ることの方が断然多いから。すごく狭くて、敦之さんの部屋のキッチンに俺の部屋が丸ごと収まってしまいそうなくらい小さな部屋なのに。居心地なら断然、敦之さんの自宅だろうに、俺に気遣ってくれてるんだと思う。敦之さんの仕事関連を考えたら、とても不便な場所なのに。
サラリーマンの俺のためにって――。
「本日は貴重なお時間をありがとうございました」
顧客との打ち合わせをしていた。午後から、一社、俺だけ出向いての打ち合わせ。納期のことと、来月、新しく契約を一つまたもらえるかもしれないから、そのことで。
頭を下げて、数時間前に案内をしてくれた受付の前を通り、外へ。
「はぁ」
外へ出ると、吐いた息が途端に真っ白になった。今日は少し冷え込みそうだってお天気予報で言ってたっけ、って思いながら、数年前からずっと使っているコートの前をしっかりと留めた。
こんな日はシチューとかいいなぁ。
でも、今日は仕事で遅くなるからって言ってたっけ。敦之さん。
だから、今日は一人だ。
一人じゃシチューなんて作る気にならない。夕飯何にしようかな。
「……炬燵、かぁ」
いるのかなぁ。でもあんなに喜んでたし。あの人なら床暖房を使わずに炬燵を使ってみたりして……。でも本来そんなものが必要ないうちだし。じゃあ、いっそのこと床暖房のない部屋に二人で新たに……って、それって、そもそもの目的っていうか考えてたこととズレてるし。
炬燵の話がズレにズレて一緒に住むことにって、さ。
「……」
一緒に住めたら、すごく、素敵だろうな。
――おはよう。拓馬。
あの人の寝顔を眺めたりさ。合鍵とかで、相手のうちにお邪魔するとかじゃなくて、二人とも仕事が終わったら一つの場所に帰っていくって、すごく……。
すごく。
「おっと」
「! すみませんっ」
「大丈夫で……あ、君は……」
「……ぁ」
ぼーっと考え事をしながら歩いていたら、人にぶつかってしまった。ふと足元に視線を落としていたせいで、つい。そして、ぶつかって、ぶつかった相手がよろけた俺が転んでしまわないようにと手を差し伸べてくれた。
環さん……だった。
「雪隆さんの……」
「へぇ、嬉しいな。そういう覚え方をしてもらってたのか。敦之の」
「! す、すみませんっ」
失礼をしてしまったと慌てて頭を下げた。
敦之さんの幼馴染で、雪隆さんの恋人で、何度か会ったことがあるけれど、そこには必ず雪隆さんか敦之さんのどちらかが一緒にいたから。こうして、二人だけって言うのは、いや、偶然遭遇しただけなんだけど、初めてで。
「仕事?」
「へ? あ、はいっ」
少しだけ……近寄り難い人だなと……。かっこいいし、敦之さんと並んだところなんて雑誌の中か映画のワンシーンみたいで見惚れるほどなんだけど、この人は少し目元が……。
「微妙な奴と遭遇しちゃったな、って顔だな」
「! そ、そんなことはっ」
「いや、いいけど。実際、微妙な距離感だろ」
あ、金のバッジ。弁護士の人がつけてる。
「あぁ、今、仕事でね」
「そうだったんですか。お疲れ様です」
「……」
お辞儀をすると、目を丸くして俺を見つめてる。なんか、変なこと、したっけ? って首を傾げたら、小さく笑っていた。
「いや、素直な子だなぁと思って。こういうタイプが敦之は好きなんだと思ってね」
「ぁ……」
「あいつ、恋愛から自分を遠ざけるタイプだったからな。まぁ、そういうところだけは雪と似てる」
そうか、この人は敦之さんの幼馴染だから、色々知ってるのか。その今までのあの人のことを。恋愛から自分を遠ざけてたことを。
「あ、あの」
「?」
「す、少し、お時間ありますか?」
幼馴染だから敦之さんのこと、よく知ってるだろうし。
それに、弁護士だから、俺よりずっと頭がいいから。何か、解決案を。
「そんなの一緒に住めばいいだろ」
即答だった。
「ぇ、でも……」
「君の職場にも近くて、駅からも近いとこを探して。どうせ、基本的に移動は雪が手配してやってるんだから、気にすることない」
「で、でもっ」
最寄り駅があのあたりってさ、ちょっと格好がつかなくないかな。敦之さんが使う駅にしては辺鄙じゃないかな。ハイランクのマンションなんてあの辺りにはない。駅から近い分譲マンションだってあるけど、新築じゃないし。新築じゃないとこに敦之さんが? それこそ、ファンになんてところに住まわされてるんだとお叱りを受けそうだし。
そもそも炬燵が発端で一緒に暮らすっておかしいでしょ?
「おかしくないだろ。別に。一緒に住みたいって言ったら、それがどんな理由から来てようが、あいつは尻尾をブンブン振りながら大喜びするさ」
まるで俺の言いたいこと、考えてることがわかるかのように、今、内心で思ったことに環さんが返事をしてくれる。
「し、尻尾なんて」
喜んでくれる姿は容易に想像がつく。そして、その喜んでくれる敦之さんの背後に尻尾が……それもすごく簡単に想像がついた。
「君は?」
「……ぇ?」
「君はあの天然キザ男と四六時中一緒、毎日同じ場所に帰る……想像してみて、どう?」
想像、してみて。
――お帰りなさい。敦之さん。
きっとサラリーマンの俺の方が帰りは早いだろう。あの人は時間が不規則な仕事をしているから。
――行ってらっしゃい、敦之さん。
たまにあるだろう出張の間は良い子で留守番をして。
――お風呂沸きましたよ。
日々を一緒に過ごしていく。
――わぁ、美味しそうな肉じゃがだっ!
時々は俺の方が帰りが遅くて、彼が夕飯を作ってくれたりなんかして。
淡々と、平凡に。
どう?
それは、それはそれは……とても。
「……」
「それでいいんじゃないか?」
幸せが溢れてる毎日になると思う。
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