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浴衣旅行編 8 バチ当たりな恋心

 車はそのまま来た道を通って、宿へと戻った。カラオケの次はどこにも行かなかった。 「拓馬」 「……ぁ」  宿に戻って、先にシャワーを使わせてもらった。汗、かいちゃったから。歌ってはしゃいで。だから先にシャワーを浴びて身体を綺麗にして、それから敦之さんが。 「ここの本館にレストランがあるから、空腹ならそこから何か持ってきてもらおう。運んでもらえるみたいだから」  敦之さんが、今、シャワーから出てきた。 「あ、大丈夫、です」 「そう?」  やっぱり浴衣姿、ドキドキする。 「髪、まだ濡れて、ます」  濡れた髪にも、ドキドキする。 「あぁ、乾かす時間が焦ったくて、このままで来てしまった」  早く、この人と、したくて……ドキドキしてる。 「拓馬」 「は、はいっ」 「ここ、誰かと来たと思ったのか?」 「あ……えっと」  そう思ってた。違う、の? 「お仕事で来たって言ってたけど、一人じゃないだろうなって。あの、だって、敦之さん、必ず、本当に夜遅くにお仕事が終わる時以外は絶対に帰ってきてくれるし。だから、泊まったなら、きっとその時、大事にしていた人と」 「大事にしているのは君だよ」  心臓がキュってした。 「夜遅くになっても帰宅するようになったのは拓馬とこうなれてからだ」  どんな時でも大体帰ってきてくれる。夜遅くになろうが、必ずと言っていいほど、寝る時は同じベッド。 「今度雪隆に訊いてみるといい」 「……」 「以前は、帰りが遅くなるようならそのまま宿泊していた。帰りを待っていてくれる人がいるわけじゃないから」 「……」 「それに、帰って寝顔が見たい相手もいないから」  ほら、また、心臓がキュって。 「ここに前、来た時は一人で別の離れに泊まった。そこから見た中庭がとても風情があって好きだったんだ。拓馬にも見せたら、喜ぶかなと思った」  俺のことを、思ってくれる。  ここに連れて行ってあげたいと、俺のためだけに思ってくれる。カラオケに行きたいと昨日言ったから、不慣れでもなんでもそこに連れて行ってくれる。 「俺が考えてることなんて、拓馬を喜ばせることだけだよ」 「あの」 「そんな相手にあんな可愛いことを言われるとは」  愛しさが溢れてしまいそうで、胸のところで、こぼれないように蝶々結びにするように、気持ちがキュッとなる。 「誰かと来たと?」  その人と過ごした時間はどうだったんだろう。俺はこういう場所不慣れだから気が回らなくて、不恰好だけれど。その人は敦之さんと同じにスマートになんでもこなせたんだろうなって。 「はい」  この人が好きで好きで、たまらないから、切なくなる。 「その人のことが羨ましくて」 「……」 「敦之さんが人気なの、嬉しいのに、嬉しくなくて。俺、もっと、ここにいたいって思っちゃうんです。だから今日がずっとこのままならいいのにって。ここなら」  バチ当たりだ。 「誰にも邪魔されないで」  そんなふうに言っちゃいけないのに。  邪魔、なんて。 「敦之さんのこと、独り占めできるから」  でも思ってしまう。機械に弱くて、操作がわからないと困った顔をするこの人も、水に足をつけて子どもみたいにはしゃぐこの人も、人前で歌ったことのないこの人も、全部全部、俺しか知らないままがいいって思ってしまう。胸のところにぎゅっと抱き抱えて「ダメ」って言いながら、閉じ込めたくなる。  俺よりもずっと強く凛々しいこの人を。 「……閉じ込めてたい……なんて」  そんなバチ当たりなことばかり考えてた。 「拓馬」 「あっ」  浴衣姿の貴方も。 「悪いことを言う拓馬だ」 「ぁ、ごめ」 「閉じ込めていたいのは、こっちだよ」  ベッドに座っていた敦之さんの上に跨るように手を引き腰を抱き寄せられる。 「あ……」  もう、硬いの、当たってる。 「拓馬とずっとどこかに籠ってたい」 「あ、敦之さん」  敦之さんが着ていた浴衣の帯を片手で、自分で解くと、その帯で俺の手首を両方束ねて結ばれた。 「このまま閉じ込めておきたい」  すごい、ゾクゾクする。  この人の帯で蝶々結びにされた手首がジンジンする。 「仕事にもいかせない」 「敦之さん」  この人の硬くなった熱が脚に触れると、そこから溶けてしまいそう。 「欲しいものならなんでもあげるから」 「あ」 「ここで、俺とだけ」  俺の腰に添えられた彼の手が、グッと力を込めただけで、濡れる。 「俺にだけ、抱かれてたらいいのにって」 「ぁ……ン」 「そんなダメなことばかり考えてたよ」  身体の奥が、昨日もたくさんしてもらえた奥が、貴方に抉じ開けられたいと、熱を帯始める。 「拓馬……」 「あ、キス、欲し……っ」  束ねられた腕で敦之さんの首にしがみついて、上からねだるようにキスをした。割り込んで、差し入れられた舌に丁寧にしゃぶりつきながら。 「ン……ふっ」  絡まり合う舌先がとても気持ち良くて。 「敦之さんっ」  この人が欲しくて欲しくてたまらないから。 「もっと……たくさん」  この人が結んでくれた手首で、この人を捕まえた。 「抱いてください」  そう耳元で、甘えた声で囁きながら、身体を擦り寄せて、ねだっていた。

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