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新人さんいらっしゃい編 6 俺でもできること

 あの敦之さんが伝票の入力してる。 「あ、これ、多分、誤りかと……数字が合ってないと思います」  しかも、入力しながら合ってるかどうかまで確認してる。 「電話、僕でますね」  電話、出ちゃった。 「大変お世話になっております。……少々お待ちください。その件に関してはすでに昨日発送済みのようです」  あの敦之さんが電話に出て、すんなり応対してくれてる。 「小野池さん、これ」  あの敦之さんが俺が言っていないのに、午後に打ち合わせがあることを把握していて、頼んでいないのに、すでに資料コピーしてくれたりして。 「どうぞ、資料、これですよね」  優秀を通り越して、もう超能力者なんじゃないかって思えてくる。  彼にできないことなんて世の中にはないのかもしれない。 「すみませーん。柏木さん、手伝っていただけますか?」 「はい、中田さん。今、行きますね」  だって、アルバイト二日目にして、もうすでにうちの会社で大活躍してる。  そして、みんなに、アルバイト二日目で信頼されて、頼られちゃってる。中田くんなんて、今日すでに百回くらい敦之さんに「すごいっすねー」って言ってるし。 「すごいなぁ、彼、バイトなんてもったいない。うちの会社の社員になってくれないかな」  ほら、営業部長もすごいなぁって呟いてる。アルバイト二日目だよね? たったの二日で社員になって欲しいなんて、言われる? 営業部長の目さえハート型にしちゃえる? 「相談してみようかな」  無理です!  来週から、新しく建ったすごい高級リゾートホテルのお花の展示をしないといけないんです。  バイトなんてもったいないレベルじゃないんです。というか、うちの会社の社員になるのだって、ものすごおおおくもったいないことなんです。正社員とかそういうレベルじゃないんです。お花界のプリンス、もしかしたら、世界のプリンス、なんです。  世界のプリンスって意味わかんないけど。  でもとにかくすごい人なんです。  王子様なんですってば。 「? 小野池さん?」 「!」  やっぱり敦之さんはものすごく、すごいや。 「すみません。さっきの資料、大丈夫そうでしたか?」 「! あ、えと、ごめんなさいっ、今、確認しますっ」  やっぱり本当にすごくて、本当に、本物の王子様、なんだなぁ。  ちっとも慣れないのだけれど、でも、こうして自分と同じ場所に降りてきてもらうと、そのすごさがよくわかる。そしてどうしてこんなにすごい人が俺の恋人でいてくれるのだろうと、やっぱり不思議に思ってしまう。  普段はね、そこまで四六時中、どうして? なんて思わないんだ。  ただただ、大好きな敦之さんと一緒にいられて嬉しいってだけで。  昨日もすごく嬉しかった。  一緒に帰れて。長く夜を一緒に過ごせて。  びっくりが止まらない俺のことが楽しかったみたいで、ずっと敦之さんが笑ってた。一緒にご飯の支度をして一緒に食べて、お風呂に入って、抱き合って。二人の時間が多く取れた。それを敦之さんも嬉しそうにしてくれて。  俺は、嬉しそうにしてくれることが嬉しくてたまらなかったよ。  俺の敦之さん、そう思う瞬間はいつも、今も変わらず、胸の辺りがぎゅっとするんだ。  なんでもできてさ。  欠点なんて、一つもない。  この人が大好きで、この人に好きになってもらえてることが何より、何にも代えられない幸福だから。 「どうかしましたか?」 「い、いえっ、いえいえっ、すみませんっ、お手洗いに行ってきます!」  でも、ふと、敦之さんのすごさっていうかさ、そういうのを感じると、不思議だなって、ちょっと思ったりもして。 「ねー、すごいよね。あんな人がいるんだねぇ」 「それそれっ、かっこいいよね。メガネがまたいい感じじゃん?」 「優しいよね」 「あー、あと一日しかいないなんてぇ」 「就職してくれないかなぁ」  敦之さんのこと、話してる。  席を立って、トイレに向かっていたら、給湯室から女性社員の会話が聞こえてきた。営業フロアでの敦之さんの評判はもちろんすごいけれど、今話してたのは設計フロアにいる女性社員さんだった。  すごいや。  アルバイト二日目で、他部署のところまで敦之さんの評判が広がってる。  やっぱりすごい人っていうのはどこでも。どんなジャンルでもすごい人なんだなぁ。  ほんと。 「ぁ」  ふと、俯いて歩いていたら、階段の滑り止めがずれてるのを見つけた。何かの拍子でずれたのかな。寄れて、壁のところでたわんでいる。 「えっと」  多分、マイナスのドライバーがあれば、外せるんだ。  前にも一度、見かけて。どうやったら直るんだろうって思って。だって、寄れたままじゃさ……お客様が来た時、ちゃんとしてないなって思うだろうし。壁のところだから、そんなこと起きないだろうけど、足を引っ掛けて転んでしまうかもしれないから。  その時立花くんが教えてくれて。  マイナスドライバーがあれば、この滑り止めを外してつけ直せるって。 「すみませーん。あの、マイナスドライバーを貸してもらえますか?」  生産のところに行けば借りれられるから。 「ちょっと、階段の滑り止めを直したくて」  俺は敦之さんみたいに優秀でもすごくもないけれど。 「ありがとうございます」  このくらいのことならできるから。  そう思って、前に立花くんに教わったように、階段の滑り止めのズレを直してみた。  ちょっとどころじゃなく不器用だから、手が真っ黒になっちゃったけれど。まぁそれは洗えば落ちるから。 「よし」  そして、元に戻せて、ちょっと真っ黒になった不器用な自分の手に笑った。

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