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新人さんいらっしゃい編 9 満たされている毎日

 ――とても良い眺めだよ。  そんな一文と一緒に敦之さんから、まるで空の上、鳥の背中にでも乗っているのかな? と思える景色の写真が送られてきた。  ――夜になったら、夜景がすごそうだ。  確かに、これだけの高層階から、光が灯った街並みを見下ろしたら綺麗だろうなぁ。  そんなことを思いながら「素敵ですね」と返事をした。  あ、すぐに既読がついた。きっと忙しいのだろうから、今送った返事のメッセージを見るのはちょっと後でになる。そう思ってた俺は、スマホの画面に向こうに今、敦之さんがいるんだって、背筋をピッと伸ばした。 「……ふ」  思わず、ちょっと笑みがこぼれてしまった。敦之さんが可愛いスタンプを送ってくれたから。最近お気に入りの動物スタンプをたくさん送ってくれる。そんな子どもみたいなところに思わず、口元が緩んでく。それを隠すように俯きながら、自分のデスクにおいたスマホの向こう側、既読の文字の向こう側にいる敦之さんのことを考えた。  今日は、ホテルで対談形式の講演会に招待されてるんだよね。なんだかすごい人たちばかりで、教えてもらった時驚いたんだ。教育委員のすごい人と環境問題のすごい人、他にもなんだかすごい人たちと花のある生活について議論というかお話をするらしくて。  その講演会の合間なのかな。  講演会って休憩はない、よね?  けれどその会場のお部屋の窓からの景色を写真で送ってくれた。  ――ちょうど、拓馬は休憩だね。お昼前の十分休憩。  はい。そうです。  ――総務の女性社員さんからのおせんべいは食べた? 「っぷ」  はい。いtだきました。今日はのり煎餅でした。  ――美味しそうだ。歌舞伎揚も美味しかった。  確かに。敦之さんがいる時に、もってきてくれたのは歌舞伎揚だったっけ。近くに有名なお煎餅工場があるらしくて、そこで商品にはならない割れたおせんべいを激安で買ってきて分けてくれる。毎回、お昼前の午前休憩の時にそれを配ってくれるんだけど。  ここで仕事をしていないと知ることのできない豆情報を知っていることに嬉しそう。  ――今度、泊まりに来ようか。夜景が綺麗なホテル、拓馬とよく以前利用していたのを思い出す。懐かしい。 「!」  急に何を言ってるんですかって、勝手に一人で慌ててしまった。以前って、それ、もう本当にずっとずっと前の、ことだし。  けれど。すごく覚えてるし、全然色褪せないで、俺の胸の内に残ってる。でも、すごく昔のことのようにも思える。  俺が貴方の正体を知らなかった頃のこと。  こんなにすごい人だなんて知らなかったけれど、でも、なんだかすごい人なんだろってことはわかってたよ?  王子様みたいな人だなって思ってた。  王子様みたい、というか本物の王子様だったけれど。  ――そろそろ休憩は終わりかな。  あ、本当だ。  ――はい。  あの頃は貴方とこんなふうになれるなんて思いもしなかった。  ――あ、商社の山下さんからのメール、明日までに報告書の確認をって言っていたよ?  あ! そうだった! うっかりしてた!  ありがとうございますってスタンプを押すと、まだ敦之さんはスマホの向こう側にいてくれてるみたいで既読がついた。  ――どういたしまして。  ――講演会、頑張ってください。  そこで、既読が止まった。  本当に忙しい人なのに。  ほんのちょっとの時間でもこうしてかまってくれる。ほんのちょっとの時間でも俺のことを思い出してくれる。  嬉しいな。 「はぁ、柏木さん、今頃、どこでバイトしてるんですかねぇ」 「中田くん」 「本当よねぇ。あんなすごい人、スキマバイトで行った会社全部から社員にならないかって言われちゃってるんじゃない?」 「ですです。絶対にそうでしょ」 「今頃、どこにいるのかしらねぇ」  今は、すごーく高いホテルにいますよ。 「はぁ、もう一回来ないかしらねぇ」 「本当ですよねぇ」  すごーく高いホテルで、すごーい人たちとお話してます。 「はぁ」 「はぁぁ」 「ねー、小野池さんもそう思うっすよねぇ」 「え?」 「思わないわけないじゃない。柏木さんがいたら、もう新人、二十年くらいいらないわよ」 「えぇ、俺、後二十年、ここでペーペーです?」 「あはは」  確かに、敦之さんがいたら、しばらくもう人材には困らないかもしれないけれど。 「あ、小野池さーん、これ、商社の山下さんからの報告書、俺、確認しときました」 「あ、ありがとう」  俺は、ちょっと、困っちゃうかな。  だって、ヤキモチが止まらなそうだし、仕事そっちのけで敦之さんのことばかり気にしちゃうだろうし。それに――。 「俺は……」 「? 小野池さん?」 「俺は、中田くんにもすごく助けてもらえてるよ?」 「!」  俺も、けっこう仕事頑張ってるから、優秀で素晴らしい敦之さんには敵わないけれど、でも、ちゃんと仕事頑張ってるから。 「うわああああん! 小野池さああああん」 「ちょっ、中田くん!」 「俺、一生、ついてきます!」 「えぇ?」  それに、お花を活ける敦之さんが一番、素敵だから、今の、この毎日が一番良いかなって。 「それは、遠慮します」 「えぇぇ」  今のこの毎日がとても十分満たされてるって思うんだ。

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