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第1話

 目の前で陰が重なった。愛称べいべと呼ばれて親しまれる櫻岬(さくらざき)(べに)は目を見開く。そよぐカーテンの奥に男が2人いる。声を掛けるタイミングで両者の口吻が交わされたのだ。  天気が良かった。強めの風も心地良い。そして(たわ)んだカーテンの奥で接吻を仕掛けたほうが櫻岬に気付く。 「君に用じゃないの」  2人は恋人関係にあると思った。カーテンを除け、窓から色白の長身と、神経質そうな眼鏡が現れる。用があるのは眼鏡のほうだ。外にいる櫻岬は見下ろされながら本題を忘れて数秒、レンズ越しの双眸と見つめ合ってしまった。後ろに撫で付けた艶やかな黒髪が厳つい。 「教授がさ、呼んでたよ。メール送るって言ってたけど」 「分かった。ありがとう」  眉間に皺を寄せたまま無愛想に彼は言った。吉良川(きらがわ)というらしい。怒っているのではなくそういう顔なのだ。あまり関わりはないが、目にするたびに陰険な表情をしていた。 「ありがと~」  やはり付き合っているのだろう。男同士で。吉良川の隣に立つ、透明感を持った色の白い長身の男も恋人の礼は自分の礼だとばかりの態度で、櫻岬へ手を振った。愛想まで補うかのように。同性間の俗にいう"バカップル"に呆気に取られているうちに彼等はカーテンと天井の狭間に消えていった。櫻岬も普段からキャンパスライフを共にしているグループのもとに戻った。今頃学生会館に集まっているはずだ。途中で、吉良川の居場所を知らせた人物とすれ違う。 「フューチャー」  彼の名が松籟(しょうらい)という。転じてそういう愛称になった。櫻岬に気付かず通り過ぎようとしていたところで、よく磨かれた革靴が止まった。いつも少しフォーマルな感じのするジャケットを羽織り、しかし飽くまでもカジュアルな服装が実年齢よりも高く見えてしまう爽やかな好青年だ。大学は遊ぶ場にしているような軟派で軽率な櫻岬にも分け隔てがない。 「どうした」 「見つかったよ。ありがとな。今帰るとこなん?」  "フューチャー"こと宮末(みやまつ)は頷いた。何をするにも嫌味のない爽やかな男だった。入学式では新入生挨拶を務めた首席合格者にもかかわらず、それを鼻にかけることもない。 「明日までに仕上げるレポートがあるから。お先に」 「そっか。がんば。じゃっ!」 「うん、また明日」  宮末と手を振り合った。グループと離れたときは1対1で話せるが、群れているときは櫻岬が中心人物であるにもかかわらず、先程のように気さくに喋れなかった。宮末はいつも1人だ。しかし嫌われて疎まれているわけではなく、堂々とした彼に、ただ独りを恥じるような者は近付けないのだ。時折羨ましく思うことがある。  学生会館に戻り、帰属意識の根付いたグループと合流した。この中で櫻岬は中心人物だった。彼から声を掛け、そこから友人たちは共通の関係を広げていった。櫻岬が核になって集まる場所が決まり、移動する場所が決まり、時には受ける講義まで左右した。それが面倒臭いのだ。櫻岬は自分で決めるのが好きではなかった。それでいて押されるような心地で決めて、そこに乗られるのが重い。適当な話に賛同して調子を合わせ、面白くもない冗談を飛ばして笑い声まで作った。グループの奴等のことは好きだが空気とこの立場は嫌いだ。何かしらをリセットしたいと思っていて、その(すべ)を知らない。頬杖をついて他の奴等が盛り上がっているのを聞いていた。すると学生会館に吉良川が入ってきた。1人だ。カレシはいないようだ。ふとこちらを見て、櫻岬の脳裏にはキスしていた様が甦った。思わず目を逸らす。男同士のキスに驚いただけだ。飲み会ならばよくあることだ。珍しいことではない。それでも動揺したのは、あの光景が生々しくなく白昼夢のようなものだったからだ。あの無愛想な顔はどういう表情でキスを受け入れるのだろう。不思議に思いながら、すぐ傍から同意を求められ適当に同意した。 ◇  グループの女子がぼそぼそと喋りはじめた。それを同グループの男子が突ついた。櫻岬の目は吉良川とキスしていた色白で長身の男を捉えているが、背後で交わされているのも彼についてのことらしかった。  あの子だよ、――くんと付き合ってるの。  女子同士で話している内容を櫻岬も拾った。吉良川のおそらく交際相手の隣には、今、派手な女がいた。同期の中でも目を惹く垢抜けた美人で、モデルみたいだった。何人かモデルがいるというのは聞いたことがある。美男美女といった風情で、通り過ぎたところには花を咲かせ、行先には虹を架けている。 「あの人、なんていうの?ってか付き合ってんの?」  色素の薄いさらさらとした髪が風に揺れている。折れそうなほど長く細い脚と括れた腰の美女を引き連れ、階段を降りてきている。  みんなには"しんぱち"って呼ばれてるけど、(ひいらぎ)くんって言うらしいよ。有紗好きだったもんね。  その有紗は今説明した女子の隣で落ち込んでいる。 「ふぅん」  階段を降り終え、美男美女カップルは道を空けられていることにも気付いた様子がなく独特の世界観を醸し出して遠ざかっていく。 「ホントに付き合ってんの?ただの友達とかじゃないよね?」  もしかして(べいべ)、七瀬ちゃんのこと好きだった?  話の流れからすると七瀬が、吉良川の交際相手だと思っていた者と一緒にいた美女らしい。 「えっ!いや、違……」  男4人女5人のグループにおかしな空気が漂った。櫻岬は戯け、内心また吉良川とキスしていた光景を再生していた。少女漫画みたいな生臭さのない、颯爽とした口付けだった。それでいて肝心のキスした2人の姿はその目で見ていない。白く照っていたような気もすれば、見間違いのように曖昧だったような気もする。  そっか~、べいべも七瀬ちゃん狙ってたのか。オレもー。べいべならイケたんじゃね?  でも七瀬ちゃん、男嫌いで有名だよ。だから今のカレシがよっぽどなんでしょ。  とすれば気紛れなのだろう。理解のし難いコミュニケーションがある。それかやはり、あのキスは見間違いで、そうでなければ考え過ぎなのだ。それほどまでに急で、櫻岬には強い印象を根深く残してしまった。解決させた。櫻岬は柊とかいうのや、七瀬ちゃんなる美女の話題からフェードアウトした。  しかし櫻岬はまた柊とかいうのと吉良川のキスを目にすることになった。ゼミがいつも一緒にいる奴等の選ばないところだった。とはいえ、そのうちの女子1人とは同じだったが、彼女は2人きりになると途端に櫻岬とは喋らなかった。開催される教室があるのは15号館もある建前の中で最もキャンパスの端にある寂れた棟だ。教室の窓から入る光よりも廊下の端窓ガラスから入る光しかないような暗い内装が不気味だ。晴れた日の昼間なんかはほとんど電気を点けていない。そういう暗がりを利用して七瀬ちゃんなる長身痩躯の垢抜けた派手な美女を恋人にしておきながら柊というこれまた長身痩躯の美青年は壁に吉良川を追い込んでキスをしていた。その人影2つは重なっていた。片腕を吉良川の頭の横に付け、彼の顎を掬い、確かにキスしていた。売店に寄るため早いところグループから抜けてきたのを悔いた。ビニール袋の中でコーヒー牛乳のパックが結露する。 「人が来ちゃった」  合わさった唇が解けた。人気(ひとけ)の少ない建物で、まだゼミの時間には早いけれど、十分に人目につく場所だ。柊なる人物は悪怯れたところもなく吉良川を放す。唇を受け入れていた彼は口元を拭った。その仕草に気の強さを垣間見る。眼鏡は無かったが、覆い被さる相手から奪い返して装着した。 「じゃあ、またゼミ終わり。レインするね」  彼等はフレンドラインメール―略称レインというメッセージアプリで繋がっているらしい。しかもゼミ終わりに合流するという。日向で煌めく柊と一度も話題に上がるようなことのない地味な吉良川の謎の交友関係を呆然と見ていた。吉良川はさっさと櫻岬を気にした様子もなくゼミの教室に行ってしまった。そのために一度櫻岬の意識はそちらに取られた。 「ねぇ」  不意に呼びかけられびくりと肩が跳ねた。柊のほうも第三者に構わず去っていくものと高を括っていた。 「(べに)くんっていうんだっけ。いつもカッコいいな~って思って見てたんだ。いつか友達になりたいなって」 「は、はぁ……どうも。しんぱちサンって呼ばれてるんですか」  餅大福のアイスみたいになめらかそうな色の白い肌で、暗い視界の中で浮いて見えた。彼は人懐こくにこにこと笑っている。 「ははは。うん。本名が柊 真八(まや)っていうんだけど、"真実"の"(しん)"に数字の八だから。ボクの自己紹介は済んだかな」 「オレもそんな感じです」 「うん?」  朗らかな微笑を浮かべながら柊は首を捻る。少しあざとさがある。 「(べに)って呼ぶ人、あんま居なくて」 「べいべって呼ばれてるんでしょ。かわいいじゃん」 「どうも」  ぐいぐいくる相手に櫻岬は気圧(けお)された。この前、七瀬ちゃんなる美女といた時に放っていたオーラが消え失せ、今は人の大好きな大型犬のような、少しあざとく子供っぽい空気感を纏っている。そして背丈に比例して大きな手が櫻岬の腕を掴んだ。妙に馴れ馴れしい。 「紅くんさ、さっきの、見てたでしょ。見てたよね?」  柊は櫻岬の耳元に顔を寄せて囁く。 「さっきの?」 「さっきのだけじゃない。この前も……」  雲行きが怪しくなってきた。腕を掴んでいる手が段々と力を込めはじめ、痛みを覚えてきている。櫻岬は信じられないような顔で柊を見咎めた。 「とぼけないでよ。ボクと吉良川(きらりん)がキスしてたところ」 「見たけど、それが……?」 「紅くんも、シたくない?」 「何を…………?」  訊かずとも分かる。話の流れから問うまでもなく理解してしまっている。だが逃げる余地があるだけ逃げる。 「きらりんとのキス、すごく気持ち良いよ。同じゼミなんでしょ。させてもらったら?」  させてもらったら?―その響きが、キスという言葉の意味に秘められたものと相俟(あいま)って、厭らしく(おぞ)ましいものとして櫻岬の耳に入ってくる。非常に吉良川を蔑ろにしたような、所有したような。ひとくちに言うと、この柊という男の図々しさを目の当たりにして羞恥に似たものを覚えたのだ。 「2人は付き合ってるんじゃないの?」  咄嗟に、七瀬ちゃんなる美女のことを敢えて忘れた。一度決着させた疑問を掘り起こし、ここで解決させられる。 「付き合ってないよ」  おかしそうに彼は笑った。それは自分のことを知らないのかと言わんばかりの驕慢が含まれている、ような気がした。柊と七瀬ちゃんなる人物は目立つカップルだ。櫻岬は最近まで知らなかったけれども、噂になる人々らしい。グループの中でも彼または彼女に気があったらしきことは聞いている。 「なんだ。付き合ってるかと思った」 「キスするから?」  頷く。柊はまた侮るように嗤った。 「キスしたら付き合ってることになるの?紅くんって純情なんだ」 「純情っていうか……まぁ、特別な関係だとは思うよね」  嘲笑されていることに対して分かっていても反応は示さなかった。振り回され、自ら振り回るが根はマイペースなほうで、それを責められることは何度かある。 「キスするだけの関係だよ。表面的(フツー)に友達だし付き合ってはないよ」  彼はすでに異性の恋人がいることは口にしなかった。必要性を感じなかったのか、そもそも意識の中になかったのか、知っていて当然という傲慢があるのかは定かでない。 「謎の文化が流行ってるんすね」 「寂しくなったら、きらりんに慰めてもらうといいよ。角度も弾力も最高だから」  コミュニケーション能力が高いのか、それともある種欠けているのか柊という男は櫻岬の背中を軽く叩いた。しかしそれを気にするほど櫻岬も真摯な付き合い方、人の見方をしていない。 「それじゃあ、明日から、友達としてよろしくね!」  彼は踊るように去っていった。櫻岬はそこに立ち尽くす。キスの場を見られたことについてはぐらかしたかったようには見えない。何故キスをするよう勧めるのかも分からない。柊という者の行動を理解しようとするのがまず間違いなのだろうか。それでいて恋人には誰もが憧れ、誰もが羨み、誰もが目を奪われる美人を選ぶのだから感覚は人並みなようだ。考えても無駄だ。櫻岬はゼミの部屋に入った。吉良川は一番後ろの隅を取っている。文庫本サイズの本を読んでいる。ブックカバーがしてあり、タイトルは分からなかった。堅いところのある怜悧な人だ。しかし下唇を甘く吸うような、浅く噛むような癖があるらしい。それは柊とキスをするせいなのかと勘繰ってしまう。彼に気付かれる前に前方の席を取って背を向けた。コーヒー牛乳にストローを挿して吸う。そうしているともう1人、この教室に入ってきた。宮末だ。しかしフューチャーこと宮末は同じゼミではない。彼はコーヒー牛乳を吸う櫻岬に目を落とすと、飛んできた。 「(ホン)ちゃん、辞書借りたろ。ありがとな」  流れるような自然な動きで櫻岬の座る横で屈み、(ひざまず)くような体勢をとるから律儀だ。返された辞書には個別包装された「さっくりしっとりバタークッキー」が礼とばかりに添えてある。 「おん。ありがと。フューチャーもこれからゼミ?」 「そ!邪魔したな。きらりんも、じゃあな!」  真夏のよく冷えたトニックウォーターのような爽やかさで彼は戻っていく。後から靡いてきた香りまでも爽やかなのだ。香水は付けていないようだから柔らかな洗剤の匂いらしい。そして櫻岬はゆっくりと吉良川のほうを振り返った。本から顔を上げている。宮末は嫌味なく彼を巻き込んでおきながら何も言わせずに行ってしまった。あれは宮末が悪いと、特に善悪の介入するところもなく櫻岬は苦笑を呈そうとして、ふと、宮末に対しても疑問が浮かんだ。彼もまた吉良川を気にしている。その気にするという加減は、同期としてのものだろうけれど、柊と吉良川との関係を聞かされてしまうと、吉良川に通じる人々にフィルターが掛かった。まさか宮末のような質実剛健な好青年も、おかしな付き合い方をしてはいないかと。そもそも宮末には恋人がいるのだろうか。そういう話はしない。まずそういう話題にならない。特に知りたいとも今まで思わなかった。守っておきたい櫻岬の中の宮末像でもある。彼は疑いを抱いたことに自己嫌悪に陥った。 「宮末と、仲良いのか」  吉良川のことを考えすぎて幻聴かと思ったが違かった。現実として耳が吉良川の声を拾っている。 「うん、そこそこ……?この前呼びに行ったとき、フューチャーから―宮末から吉良川の居場所聞いたんだし」  櫻岬の認識として、宮末と仲は悪くないつもりだが、かといっていつも一緒に行動をしているわけではない。会えば挨拶もするし、1対1なら雑談もそれなりに交わす。今日のように物の貸し借りもある。だがやはり、いつも行動を共にしているわけではないという点が大きかった。だから、仲が良いとは言い切れなかった。 「…………っそうか」  顰められた眉と咄嗟に隠された口元、詰まった声。そこには動揺がある。彼もまた柊のように、キスの場を見られた認識があるのだろうか。第三者に見られた恥じらいを、柊とは違って持っていそうだ。 「なんで?」 「いや……別に」 「いいヤツだよな」  返事はなかった。話はこれで終わりらしい。それを少し惜しく思った。コーヒー牛乳を吸い、宮末からもらったクッキーを齧る。 ◇  三度目の正直。二度あることは三度ある。仏の顔も三度まで。三人寄れば文殊の知恵。三々五々、三・三が九、二・二が四という具合に櫻岬は頭の中を真っ白にしながらも、かろうじて思考は巡っていた。3度目だった。柊は彼を認めると手招きをした。行けるはずもない。壁と柊に閉じ込められた吉良川の目が怯えているように見えた。  在学生一人ひとりに与えられるロッカールームで宮末とばったり出会して、少し話し、今別れたところだ。間が悪ければ宮末もまた柊と吉良川の不埒な行いを目にしていたかも知れない。櫻岬はそれを危ぶんだ。やはり自分の宮末像が出てきて、実直な彼にこういうことを見せたくないのだ。彼が穢いものをみたとき、櫻岬もまた得体の知れない羞恥を覚えそうなのだ。ここは外で、ロッカールームを出てすぐ、体育館に通じる外通路脇にある水飲場で避暑地とばかりの壁の陰だ。 「放せ……」  呟くように吉良川が言った。眼鏡は柊の手にある。視界が利かないようで頻りに目を細めている。余計に厳しい顔付きになった。 「ほら、紅くん。来て」  手招きはまだ続く。一歩進んだ。 「来なくていい……来るな」 「紅くんにもキスさせてあげてよ。カッコいいし、嫌な気はしないでしょ?」 「い、いやだ……」  険しい眉間の皺が緩んだ。拒絶は櫻岬の口からではなく、今まで柊に塞がれていた吉良川の口からだった。 「きらりん。紅くんとキスなんて、もうこんなチャンス逃したら二度と無いと思うよ?今この大学で一番女子からモテるんだから。あと一部の男子から、ね」 「やめ、ろ……!放せ、」 「初めて聞いた。大学入ってから全然コクられたこと無かったし。話盛ってない?」 「盛ってないよ。だって君、いつも大所帯でいるし、なんならボクのカノジョも最初は紅くん紅くんってもう夢中だったんだから」  それは悪くない話だった。根掘り葉掘り聞きたいくらいだが、今はそう言っていられる状況でもない。吉良川は不安そうに何度も目を細め、櫻岬を見ようとしている。七瀬ちゃんなる柊のカノジョの存在は、彼もきちんと知っているのかいないのか。知る必要かもないのかも知れない。柊の認識では浮気ではなくあくまで友人関係の範囲らしいのだから。 「吉良川、オレのこと見えてる?」 「見えていない。誰だ。知り合いか」 「オレの声って割と十人並み?櫻岬だけど」 「ああ……(べに)………紅って、櫻岬か」  下の名前を呼ばれるとはまったく予想もしていなかった。不思議な気分になる。 「そう。こんな名前、オレしかいないでしょ」  眉を動かし、目を大き開いたり細めたりしてながら努めて櫻岬に焦点を合わせようとする吉良川の華奢な(おとがい)が拐われた。半ば脅迫に似た掴み方は傍観しているだけでも慄然とした。 「あれれ、きらりんと紅くん、いつの間にそんな仲良くなったの?同じゼミってだけだと思ったのに」 「別に仲良くは、……」 「ない」  喋りにくそうな吉良川の言葉を引き取った。柊は桜色に染まった唇の端を吊り上げる。 「じゃ、今から仲良しになればいいや。友達になろうよ。ボクが見届けててあげる。2人がキスフレンドになるところ」 「ならない」  食い気味に吉良川が言った。 「キスしなくてもフツーに友達でよくね?改めてよろしく、吉良川。オレもきらりんって呼んでい?」 「……好きにしろ」 「オレのこともべいべって呼んでいいから。恥ずかしくなきゃ」  吉良川は返事をしなかった。彼からニックネームで呼ばれることは無さそうだ。 「だとすると、きらりんのキスフレはまだボクだけか。残念。べいべもキスフレになってくれると思ったのにな」  代わりに柊から、聞いている側も小っ恥ずかしくなるような愛称で呼ばれた。 「でもいいや、きらりんの唇を独り占めできて」  見せつけるように柊は吉良川の唇を啄んだ。すると吉良川は控えめながらも抵抗を示した。 「今は、やめろ。櫻岬が見てる……」 「3度も見てるんだ。今更だよ。ね?べいべ。ボクがきらりんとキスしてるトコなんか、もう見慣れてるよ」  言い終わるが早いか、ふたたび柊の唇に囚われた吉良川の唇に沈む。彼等のキスの場面に関わらず、テレビや打ち上げなんかでも男同士のキスは目にしている。殊に彼等を知るともう驚きはない。――だが。 ――だが、合わさった2人の口唇の狭間から薄紅色が行き来する。非常に似通った色味でもおそらく厳密には個人差があるのだろう。絡み合わさり、押し合いへし合い、吉良川の口の中に入っていく。 「はぁ………っん、」  水音と漏れ出た吉良川の声。櫻岬は飛び上がりそうになりながら真っ赤に染まり火照る顔を覆った。"そういう"キスは余程限定的なものでないと見ない。  かくかくと膝を震わせ、押し付けられた壁から滑り落ちていく様がさらに櫻岬の心臓を叩いた。そこには生々しさと肉感がある。白昼夢では済まない。接合は角度を変え、狭間に見え隠れする内肉色を食い入るように見つめて、目が離せないまま視界がちかちかと明滅した。

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